第12話
期末テスト! 赤点回避のスタディ・キャンプ
1学期の期末テスト一週間前。
2年Z組の教室に、絶望的な空気が漂っていた。
「……平均点、2.5点」
佐藤健義は、模擬テストの結果用紙を震える手で持っていた。
100点満点ではない。クラス全員の平均が、だ。名前を書き忘れて0点の者が半数、残りはサイコロで選んだような回答ばかり。
「嘘だろう。……君たちの脳みそは、リーゼントの詰め物か?」
佐藤が呆れ果てる。
番長の鮫島が、悪びれもせず答えた。
「勉強なんて女子供のやることだろ? 俺たちは拳で語り合うんだよ」
ドガッ!!
鮫島が吹っ飛んだ。堂羅デューラの裏拳だ。
「甘えるな。……赤点を取れば『留年』だ。つまり、俺たちと同じ学年をもう一年やり直すことになる」
堂羅が鬼の形相で告げる。
そう、彼らタイムスリップ組にとって、留年は「現代への帰還」が遠のくことを意味する。
「いいか。俺たちの足(帰還)を引っ張る奴は……校庭に埋める」
「ひぃぃっ!」
リベラが優雅にマカロンを食べながら補足する。
「というわけで、今日から放課後は全員『監禁』ですわ。私たちが直々に、あなたたちの空っぽの頭蓋骨に知識をねじ込んで差し上げます」
こうして、地獄の「赤点回避スタディ・キャンプ」が幕を開けた。
◇
【1限目:現国(担当:佐藤健義)】
「教科書を開け。『羅生門』だ」
佐藤は教壇で、指示棒の代わりに六法全書を持っていた。
小説『羅生門』。下人が老婆の着物を剥ぎ取るシーン。
生徒の一人が手を挙げる。
「先生(会長)! 下人は生きるために仕方なくやったんだと思います! 感動しました!」
ピシャッ!
佐藤が机を叩く。
「不正解だ。……感情論で読むな」
佐藤はタバスコを一滴舐め、黒板に猛スピードで書き殴った。
「この場合、下人の行為は刑法235条の窃盗罪、および強盗罪の構成要件を満たす可能性がある。さらに老婆が死体から髪を抜いていた行為は、刑法190条の死体損壊罪だ」
「は、はぁ……?」
「いいか、テストで『作者の気持ち』など問われても無視しろ。『法的観点から見て、双方がどの条文に抵触するか』だけを答えろ。そうすれば、採点者(現代文の教師)はビビって丸をつけるはずだ」
生徒たちは必死にノートを取る。
『下人の心情=強盗の故意』『老婆の言い訳=緊急避難の主張』……。
文学的情緒は死滅したが、論理性だけは飛躍的に向上した。
◇
【2限目:数学(担当:桜田リベラ)】
「この数式が解けない? ……はぁ。だから貧乏人は困りますのよ」
リベラは溜息をつき、黒板の『X(エックス)』を消して、『¥(円)』と書き直した。
「いいこと? このXは、あなたが街金から借りた借金です。年利はトイチ(10日で1割)。……さあ、30日後に返済額はいくらになるか、計算なさい」
その瞬間、ヤンキーたちの目の色が変わった。
借金、利息、取り立て。彼らにとって最も身近で恐怖する単語だ。
「え、えっと……複利計算だと、雪だるま式に増えて……じ、13万3千円!?」
「正解ですわ。計算できなければ、あなたたちは搾取される側のまま。……悔しかったら因数分解くらい覚えなさい」
「うぉぉぉ! 俺は搾取されたくねぇ!」
「数式だ! 数式を持ってこい!」
金への執着が、彼らに高度な計算能力を与えた。
リベラは満足げに微笑む。
「ふふ。教育とは、欲望のコントロールですわ」
◇
【3限目:日本史(担当:堂羅デューラ)】
「年号など覚えるな。……覚えるべきは『生き様』と『死に様』のみだ」
堂羅は竹刀を構え、教室を練り歩く。
「鎌倉幕府成立、1192年。……だが重要なのはそこじゃない。源義経がどう戦い、弁慶がどう立ち往生したかだ」
堂羅は、歴史上の合戦を、まるで昨日の喧嘩のように語った。
「桶狭間の戦い……これは織田信長による『奇襲喧嘩』だ。数で負けていても、相手の総長(大将)の首だけ狙えば勝てる。……喧嘩の基本だな?」
「お、おう! 分かりやすい!」
「テストで年号を忘れたらこう書け。『詳細な日時は不明だが、彼らの魂は永遠に不滅である』とな。……その気迫が伝われば、三角くらいはもらえる」
精神論と根性論。しかし、ヤンキーたちにはこの「講談師のような授業」が一番響いた。
◇
そして、テスト当日。
2年Z組の教室は、異様な殺気に包まれていた。
カリカリカリカリッ!!
鉛筆が折れんばかりの勢いで、答案用紙に文字が刻まれていく。
試験監督の平上雪之丞(担任)は、生徒たちの鬼気迫る表情に引いていた。
「……おいおい、なんか呪文唱えてねぇか?」
生徒A:「……刑法235条、構成要件……」
生徒B:「……元金×(1+利率)のn乗……」
生徒C:「……義経の魂……ウオオオッ!」
◇
数日後。結果発表。
「……信じられん」
雪之丞が職員室で頭を抱えていた。
2年Z組、赤点ゼロ。
それどころか、学年平均を上回る科目すらあった。
ただし、その解答内容は異質だった。
【現国】
問:下人の気持ちを答えよ。
答:『情状酌量の余地はあるが、窃盗の故意は明白であり、執行猶予付きの有罪判決が妥当と考える』
→ 教師コメント:『す、すごい……(〇)』
【数学】
問:以下の計算をせよ。
答:『(計算式と共に)なお、この利率は出資法違反であり、契約は無効である』
→ 教師コメント:『答えは合ってるけど、怖い……(〇)』
◇
放課後。
生徒たちは、燃え尽きた灰のように机に突っ伏していた。
「……俺たち、なんか大事なもの(青春)を失った気がする」
「ああ。空が……数字と条文に見える……」
それを満足げに見下ろす三人の姿があった。
「よくやった。これで留年は回避された」
佐藤がタバスコを一気飲みする。
「フン。少しは根性が入ったようだな」
堂羅がコーヒーを飲む。
「ご褒美に、今日は全員に高級シュークリームを奢りますわ」
リベラが手を叩く。
「「「リベラ様バンザーイ!!」」」
結局、食欲(スイーツ)には勝てない。
獄門高校の偏差値は、こうして歪な形で爆上がりしたのだった。
しかし、平和な日常もここまで。
下駄箱に入っていた「一通の手紙」が、次なる騒動――いや、悲劇的な誤解を引き起こすことになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます