6月3日 演奏会3

✧✧✧


 さて、今日一番気になったことは、やはりアレシアだ。

 なぜあんなにも、無表情でリュシエンヌを見ていたのか? 

 かなり離れた場所に居たのに、彼女だとわかっていたのだろうか。

 まだ二人は会話さえしていないというのに……。


 そういえば、リュシエンヌは前回の人生で、演奏会の後から俺の態度が少しずつ変わっていったと言っていた。

 きっと、これから俺とアレシアの接触が増えていくということだろう。

 となると……当分俺自身も気を付けたほうが良いのか……。

 

 いつの間にか、馬車はエルネスト家の敷地に入っていた。

 扉が開く音に気づき外を見ると、裏庭からヨハンが籠いっぱいのレモンを抱えて戻ってくるところだった。


「ヨハン」

「坊ちゃま、おかえりなさいませ。今年は庭のレモンが豊作ですよ」

「うん、いい香りだ」

「そうそう、フレッド様がお戻りです。この時間は珍しいので、きっと坊ちゃまにご用があるのだと思いますよ」


 こんな時間に父が? たしかにおかしい。そして、嫌な予感がする……。


「わかった、ありがとう」


 ヨハンは、籠を少し上に掲げ、楽しそうに厨房口へと歩いていった。


 父が俺に何の用があるのか。この時期、アレシア絡みのような気がして仕方がない。 屋敷に入り、自分の部屋には戻らず、そのまま父の部屋へ向かった。


「ルドウィクです」

「入っていいぞ」

「失礼いたします」


 父の趣味で作られた無駄に重い扉を開けると、古い金庫付き戸棚の前に父が立っていた。その戸棚には、王立図書館貴重書架の鍵が収められている。


「ルドウィク、ちょうどいいところに」


 手招きをした父は、黒い石がはめ込まれた鈍い色の鍵を持っていた。

  

「それは、貴重書架の……」

「うむ、カトラン子爵から連絡があってな。『アレシア王女がこの国の鉱物の書物が見たいと言っている』だそうだ」

「はあ」

「なんだその気の抜けた返事は。王女は明後日の午前を希望している。案内を頼むぞ」

 

 父は鍵についた黒い石を親指で撫でるように磨き、黒い絹の袋に入れて俺に手渡した。


「……わかりました」

「王女とは話したのか?」


 アレシアとの会話……。

 今日、セレーネにハンカチを差し出したときの声と、リュシエンヌを見つめていたアレシアの姿が頭をよぎる。


「まあ、多少は……」

「とても勉強家でいらっしゃるそうだ、友人を作って良い思い出を作りたいらしい」

「はあ」

「さっきからなんだ、ルドウィク」

「いえ、なんでもありません。では、失礼いたします」


 不思議そうな表情の父に頭を下げ、さっと部屋から退出した。これ以上質問されるのが面倒だ。

 たしかに一国の王女、自分の身分を知らない相手との交流はなかなかないだろう。お忍びでこの国に来たのに、すでに目立ってしまい、周りもなかなか話しかけてこない。

 もう皆、憧れの目でしか彼女を見ていない……。


『演奏会の後、アレシアとは仲良くなってたの』


 ふと、リュシエンヌの言葉を思い出す。

 前回のアレシアは楽しかったのだろうか……。

 今の彼女に友人と呼べる人は出来るのだろうか……。

 ここまで考え、大きく頭を振った。

 なぜ、アレシアの心配をしなくてはいけないんだ。俺はリュシエンヌのことだけ考えていればいい。彼女に少しでも嫌な思いをさせたくない。

 明後日の5日、アレシアと会うことは決定事項だ。


 父から渡された、鍵の入った絹の袋を見つめる。

 アレシアと図書館で会うことがあるかもしれない……というのは、既にリュシエンヌと話し、考えていた。

 しかし、こんなすぐに貴重書架の開架を頼まれるとは思っていなかった。


 そうだ、リュシエンヌに連絡の手紙を書いておこう。

 貴重書架は、鍵を持った者と申請者しか入れない。なので必然的に、彼女と二人きりになってしまう。

 リュシエンヌに会うのは10日の午後。その時に、5日の報告をするのは遅すぎる。

 あとから誰かに聞いて不安になるより、先に言っておくべきだ。


 自分の部屋に戻り、とびきりの便箋を用意して椅子に座る。

 最初に5日の貴重書架の件を書き、その後は、リュシエンヌに毎日でも言いたい愛の言葉を書き綴った。


「ふう……」


 自分の気持ちを全て出し切った。いつも彼女が恥ずかしがって途中で止められてしまうので、やりきった感がある。

 あとは……っと、そうだ! 今、庭の薔薇が満開になっている。あの薔薇で大きな花束を贈ろう。


 扉を開くと、ちょうど侍女が通りかかった。

 庭師あてのメモを渡し、花束と一緒にパーヴァリ家へ届けてもらうようにと手紙を託した。


「明後日かー……」


 アレシアに何かされたわけでもないのに、なぜか胸がざわつく。

 リュシエンヌから、俺が彼女と恋に落ちた……と聞いたからだろうか。

 それだけではない。

 彼女がリュシを見ていた時の顔を思い出すと、言いようのない感覚が体中に広がっていく。

 明後日のことは仕方ないと思いながらも、溜息が止まらなかった。


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