灰骨雨林の丘で

toosuto

第1話

 湾曲した錆色のバイザーを軽く持ち上げ振り返る。

 デンネはいつもと通り死んだ魚の目をして俺の向こうを見通している。隣のリーリーと視線が合って頷く。


「raw濁濁on碧壁ray?」


 リーリーから異常な呼気と共に魔術式言語が漏れ聞こえる。何度聞いても俺は慣れず背筋に冷や汗が流れた。


 詠唱の終わりと同時に触媒の燐石をエレメントが食い散らかし、三人の頭上に毒毒しい粘液の傘が広がった。一分いちぶも待たずして灰色に薄汚れた骨の欠片が空から降ってきた。まるで閻魔が罪人で遊ぶみたいにして骨を曇天にぶち撒ける。


「kuruuuUU!!」


 デンネの奇声が上がる。


 獲物はどこだ。


 虹彩のない真っ黒な瞳が右前方を指している。


 降り落ちた助骨が地面に刺さって、突然へし折れた。


 ヴェンナギ。この灰骨雨林のワーカーだ。

 無色透明な蛇、蚯蚓、蜥蜴、要は見えない4〜5メートルの長い何かだ。


 デンネが地面スレスレを縫う様に走る。それに合わせ粘液の傘も伸びていく。


 フッと息を吐いてバイザーを下ろす。リーリーを横目に入れながら腰にぶら下げた廉価で頑丈だけが売りの鞘なし鉄剣を握り込む。


 デンネが棘付き突剣を矢鱈に地面へと突き刺していく、ヴェンナギに当たっているのか、そこにいるのかすらわからないがデンネ本人に気にした素振りは無く、執拗に地面へ抜いては刺しを繰り返す。よくもああも骨だらけの地面の上を駆け回れるのかと考えるも、デンネに常識を当てはめてもしようがない。


 ど、ど、どん。と金属ブーツが地面と骨を蹴散らしていく。俺にできるのはこの鉄剣を叩き込むだけ。

 ヴェンナギは初の獲物だ。組合で聞いた話なんて半分が嘘だ。同業者なんていくらでも潰れた方が酒が美味くなるのは俺等だって一緒の事。

 未知と恐怖が震わせてくる。


 バキバキと背後の骨塚が折れる音。


「ッデンネェ!!」


 見当違いの方で踊る様に狂ってるデンネに、怒りをぶつけるように俺は鉄剣を振り向きざま、音のした地面に叩きっつける。

 地面が爆ぜて抉れ。

 感触はない。

 右の鉄製ブーツから異音、軋み、熱い痛み。

 透明な蛇が巻きついた。


 脚が、千切れ「Lowlowly」リーリーの不協和音が耳に届いたその時には、頭上の粘液が鋭く尖りブーツの甲を貫いた。


「いじょぶっ?」

「痛えっ!クソ!助かった!」


 ヴェンナギは掠めただけらしい。思ったよりずっとすばしっこく察知が早い。

 相性は悪い。こんな時に頼りになるのはデンネ、は何故か高笑いして未だ錯乱中だ。死んでくれ。


 リーリーはまだ傘を開きっぱなしで基本動けねえ。自衛はできる。

 やるなら俺が、なんとか。


 やるか。


 ヴェンナギはしつこい。執拗。血に寄ると。それは誰も口にしていた。きっと本当なんだろう。


 幸いな事に右足の甲にぽっかり穴が空いている。

 なら、来るだろ。


 ほら。


 きた。


 新しく降り注いだ骨の剣山の中、骨をへし折りながらヴェンナギが。


 鉄剣を放る。


 右足か、左か。


 どっちでもいい。


 左、賢いなお前。


 俺は、馬鹿だからよお。


 分厚いグローブの指先には短いスパイクが縫い付けられているんだよ。重てえからよお、鉄剣が滑り落ちねえよーに。


 全身でヴェンナギを指を、スパイクを食い込ませる。

 ズリズリと指が滑り、同時に表皮にスパイクが血筋を作る。透明だろうがなんだろうが、もう関係無い。血だらけにしてやる。


「貫けエッ!!」


 のたうちまわりながらヴェンナギか俺の血かわからねえくらい絡みあい。叫ぶ。


 背筋が、また冷えた。

 肩を貫かれた。

 半ば勢いにふっとんで、転げる。

 すぐにふらつきながらも立ち上がる。

 ヴェンナギは無数の穴を空けていた。


 リーリーはやっぱ天才で、デンネ、お前はクソだ。


 等間隔でやってくる灰骨雨は既に止んでいた。


「痛え、あー。……今日も死ぬかと思った」

「殺さなくてよかったー」


 抑揚のないリーリーの声に、俺は乾いて笑うしかない。



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灰骨雨林の丘で toosuto @hottosuto

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