第3章 支配の進化 第1節 反生徒会連盟 ― 群衆の誕生

 静かな嵐は、いつも匿名から始まる。


 慧がその言葉を実感したのは、

 《反生徒会連盟》を名乗るアカウントを立ち上げてから三日後だった。


 最初の投稿はただの短文――

 > “正義を名乗る者こそが、一番危うい。”


 それが、思いがけず火をつけた。

 昼休み、購買前。

 スマホの画面に、次々と通知が溢れていく。

 いいね、リポスト、コメント。


 「この学校、きれいごと多すぎる」

 「先生も生徒会も、結局は点数と体裁で動いてる」

 「誰かが本当のこと言ってくれてスッキリした!」


 慧は画面を見つめながら、静かに微笑んだ。

 「人は“敵”を必要とする。

  敵がいれば、正義を語れるからだ。」


 それが前世、帝国を崩壊させた原理でもあった。

 そして今、その“道具”を彼が再び握っている。


 * * *


 昼休みの教室。

 南雲は眉をひそめてスマホを見せた。

 「ねえ、これ……もしかしてあんたが書いてるの?」

 慧はパンをかじりながら視線も上げない。

 「どれのことだい?」

 「“反生徒会連盟”。口調があんたっぽい。」

 「偶然だろう。世の中には賢い人間も稀にいる。」

 「ほんとに?」

 慧は笑い、指先で机を軽く叩いた。

 「南雲、私の文章はもっと毒があるよ。」


 彼はスマホの裏で新たな投稿を打ち込む。


 > “同調圧力という言葉、知ってる?

 >  青嶺は笑顔の仮面を被った独裁国家だ。”


 投稿後、十数分も経たないうちに、

 コメント欄には共感の嵐が巻き起こった。


 「言い過ぎかと思ったけど、わかる!」

 「空気読まなきゃ生きられないもんな」

 「これ、生徒会の人見てるかな?」


 慧はその反応を見ながら、

 まるで実験の経過を観察する科学者のように目を細めた。

 (群衆は考えない。感じるだけだ。

  だから、理屈ではなく“感情の構造”を刺激する。)


 そして彼は次の段階へ進む。

 匿名アカウントを複数作成し、

 互いにリプライし合い、議論を盛り上げる。

 “多様な声”を装った“単一の意志”――

 現代における情報統制の原点。


 (前世では、私は言葉で国を支配した。

  今世では、言葉の“拡散速度”で支配する。)


 * * *


 一方、生徒会の中は混乱していた。

 璃子のSNSには批判コメントが殺到し、

 会長としての権威は急速に揺らぎ始めていた。


 「会長、沈黙は逆効果です。反論を出しましょう」

 「でも、下手に反応したら煽りに見えるわ」

 「じゃあ、どうすれば……」


 璃子は無言のまま、スマホを見つめていた。

 「匿名って……ずるいね。誰かの影から石を投げるみたい。」

 副会長が言う。

 「匿名こそ、民意の形ですよ。名前を出せるのは、権力を持つ者だけです。」


 その言葉に璃子は顔を上げた。

 (民意? それをどう信じればいいの……?)


 * * *


 放課後。慧は図書室でひとり、パソコンの画面を見ていた。

 《反生徒会連盟》のフォロワー数――4500。

 3日で学校の生徒数を超えた。

 今や“校外の大人たち”までもが反応し始めている。


 「青嶺高校の生徒たち、勇気ある発言だね」

 「教育のあり方を見直すべきだ」


 ネットニュースサイトが引用し、

 まとめ動画がSNSで再生される。

 そしてコメントには、“炎上”と“喝采”が並立した。


 慧はため息をつく。

 「群衆は火を見たがるが、燃え方を選ばない。」

 南雲がそっと言った。

 「もう止められないんじゃない?」

 「止める? なぜだ。」

 「だって、あんたの言葉が、人を動かしてる。」

 慧は静かに笑った。

 「私はただ、鏡を置いた。

  彼らが見ているのは、己の顔だ。」


 だが、その声にはかすかな疲れが混じっていた。

 前世で味わった“支配の甘美”が、

 再び血の中で疼き始めているのを自覚していたからだ。


 * * *


 翌週。学校の廊下には新しい落書きが増えた。

 「#青嶺は独裁」「#正義を疑え」

 まるでスローガンのように、黒板の隅に、机の裏に、書き殴られている。


 教員たちは困惑していた。

 「誰が書いてるんだ?」「犯人を見つけろ!」

 しかし、生徒たちは口を閉ざした。

 匿名の連帯感――それこそが慧の狙いだった。


 (“恐怖”ではなく、“共感”で人を動かす。

  前世で失敗した政治を、今度こそ完成させる。)


 だが、その夜。

 慧のスマホに、ひとつのDMが届いた。


 > 『君が反生徒会連盟の管理者だろう?』


 慧は一瞬、息を止めた。

 匿名アイコン。名前は「Observer」。

 どこの誰とも知れないが、文体は理知的で冷たい。


 > 『君のやり方は美しい。しかし、危険だ。

 >  群衆はやがて君をも焼くだろう。』


 慧はしばらく画面を見つめた後、返信した。

 > 『炎に焼かれる覚悟で、灯をともしたまでです。』

 返事はなかった。


 (Observer……誰だ? 璃子か、教師か、それとも――)


 慧はスマホを伏せ、窓の外を見た。

 夜の校舎。風に揺れる校旗。

 かつて燃えた帝都の塔を思い出す。

 (同じことを繰り返しているのか、贖っているのか……。)


 南雲の言葉が脳裏に響いた。

 “それって……復讐なの?”


 慧は自嘲のように笑う。

 「違う。――これは、教育の終焉だ。」


 * * *


 翌朝。

 学校の掲示板には、手書きのビラが貼られていた。

 中央にはこう書かれている。


 > 《反生徒会連盟》 公開集会

 > 「学校の民主主義を考える」

 > 放課後・視聴覚室にて


 教師の誰もが驚いた。

 だが、もっと驚いたのは慧自身だった。

 ――彼は、そのビラを作っていない。


 「おい、鷹栖! これ、あんたが出したのか!?」

 南雲が駆け寄る。

 慧は目を細めた。

 「……いや。だが、もう群衆は動き始めた。」


 校舎の中でざわめきが広がる。

 「今日、集会あるらしいよ」「マジで?」「出てみようぜ」

 教師たちは止めようとしたが、

 “生徒の自主的活動”という名目に反対できなかった。


 その日の放課後。

 視聴覚室は人であふれ返った。

 前列には生徒会、後列には教師。

 そして中央には――、静かに立つ慧。


 誰かが叫ぶ。

 「鷹栖! 本当に連盟のリーダーなのか!」

 慧はマイクを握り、ゆっくりと答えた。


 「リーダーではありません。

  私は、あなたたちの“声”の一つにすぎない。」


 沈黙。

 そして、どこからともなく拍手が起こった。

 やがてその拍手は波のように広がり、

 視聴覚室全体を包み込んでいく。


 慧は微笑んだ。

 (こうして、群衆は“象徴”を求める。

  私はまた、象徴にされる側に立ってしまった――。)


 その夜、《反生徒会連盟》のアカウントには、

 新たな投稿が上がった。


 > “支配を壊す者は、やがて支配の形になる。”


 その文を打ち込んだ瞬間、慧は気づいていた。

 ――彼自身が、もう後戻りできない位置にいることを。

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