第25話 吸血鬼のアリス
結局のところあれこれ必要になってしまい、財布の中身がすっからかんになってしまった。
『すまんな。いろいろと買ってもらったようでの』
『ん……? ああ、いいのよ。おかげでほとんどオケラになっちゃったけど、お金はまた頑張って稼げばなんとかなるからね』
私は何でもない、といった風に手を扇いでいた。
でも、今回の買い物は少し無理をしてしまった。なけなしの貯金すらも切り崩さなければならなくなったのだから。
『そうか。なら、汚さないよう大事にさせてもらおう』
吸血鬼少女は洋服が入った紙袋を大事そうに胸元に抱えていた。
『さぁ、ここでの用事も終わったことだし戻りましょうか』
『おん? もう帰るのか? せっかくの外出なのにか?』
『まぁね。でも、その前に図書館にだけ寄るわね。本を借りに行きたいから。あなたはこのあと何かしたいことはあるの?』
街中を歩きながら私は彼女に振り返る。
『まぁな、そろそろワシの眷属を迎えに行ってやらんと。あのまま一匹にしてやるのはかわいそうじゃ』
『へぇ、ヴァンパイアバットを迎えに行くのね』
『ああ、お主には悪いが我が眷属もあそこに住まわせてやってくれんか? ああ見えてなかなか利口でな。迷惑だけはかけんと約束してやる』
『ベランダでいいのならね……なんていうか部屋は狭いし衛生的な心配もあるから』
私が少し申し訳なさそうに告げると、吸血鬼少女は頭をふるふると左右に振った。
『かまわん。だが、せめて寝床くらいは作ってやらんとな』
ヴァンパイアバットを住まわせるのは別に良かった。主人であるこの子が側にいれば大人しいだろうし、危害を加えて来ることもないだろう。
それから私達は街を離れ、学校近くの図書館までやって来た。
最近、新書コーナーのラインナップが更新されたみたいなので気になっている作家さんの作品をいくつか借りたかったのだ。
図書館はよく利用する。テスト期間中はもちろん、ここには漫画雑誌や数こそ少ないものの映画のDVDもある。
貧乏人である私にとって図書館はタダで娯楽が手に入る場所だし、空調がしっかり効いているから長く快適に過ごせる。
真夏や冬場の時期に部屋にいると電気代や光熱費がかかってしまうことがあるから、用事がない時は大体ここにいることが多い。
『お待たせ。借りたいもの見つかったわ——って、あなたは何をしてるの?』
私が本を選んでいる間、吸血鬼少女のことは自由に行動させておいた。
それで彼女が何をしていたかというと、読書スペースのテーブルに何やら難しげな、それでいて装丁のぶ厚い書物を山積みに重ね、それを片っ端から読破していたのだった。
一冊読み終えるのに三分くらいしかかかっていない。恐るべき速読と情報の吸収力だ。
『見てわからんか? 本を読んでおる』
『それはわかるけど……』
私は彼女が読み終えた書物を手に取る。人類史、歴史書、経済学史の本に政治学辞典……難しげなラインナップばかりかと思いきや、子供が読むような絵本や図鑑が混じっていたり、はたまた料理本や手芸の教本など趣味嗜好に関するものさえもあった。
『それにしたって手当たり次第……って感じね。人間の文化やルールを理解しようと?』
『まぁな。これからのことを考えると必要になる』
吸血鬼少女は気怠そうに頬杖をつきながらページをめくっていた。
『そう……それは、いい心がけだけど』
積み重なった書物を眺める。
私の手は自然と一冊の小説に伸びていた。
『不思議の国の……』
その本のタイトルを口にする。
それは子供の頃に何度か絵本で読んだことがあるものだった。
ひとりの少女が別世界に迷い込み、奇妙で不思議で、時折に不条理な目に遭う冒険物語。
幼い頃の私にはよくわからない内容だった。結局は夢オチだったみたいだし、キャラクター達も狂気じみてて怖かった印象がある。
だけど、なんとなく主人公のアリスのことは好きだった。好奇心旺盛なところもその見た目も。
『アリス……あなたに合いそうな名前かもね』
私は本の表紙見つめながらそんなことを呟いていた。
『名前?』
吸血鬼少女は顔を少し上げて反応した。
『名前がないって言ってたから。何かいい呼び名があった方がいいでしょう? あなたも、この子のように違う世界に迷い込んだのだから。この名前のほうが親近感湧くんじゃないかしら?』
『吸血鬼なのにアリスか……変なもんじゃな』
『私は似合ってると思うけど?』
そう言って私は楽しそうに微笑む。
『ん……好きにすればいい。呼びやすいならそれでもかまわん』
彼女は本に視線を落としたまま気のない返事をしていた。
デュアルランナー 〜自称美少女JK早乙女チアキと吸血鬼少女による人生成り上がり計画〜 空蝉みかげ @tunamayo01
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