其の五
この時になって長倉は、やっと気づく。
さっきからずっと感じていた、澪月の
「そんなに気にしなくて大丈夫ですよ」
言って、澪月の頭をぽんぽんと撫でる。
「大内様は悪戯好きな方ですからね。澪月様も何かされたんでしょう?」
悪ふざけが大好きな大内氏は、長倉にもしょっちゅう悪戯を仕掛ける。
それは他愛ない、子供のような悪戯ばかり。上手く引っ掛かれば、両手を叩いて大喜び。逆に失敗した時には、驚くほどしょげ返ってしまう大内氏だった。
「澪月様の事を仔猫だなんて言うくらいですから、平気ですよ」
「……やけど……」
言い掛けて、澪月が唇を噛む。自分のために揚知客が骨をおってくれているのに、このままではとても納得できなくて、ついと長倉を見上げる。
「……お前、笛、持っとったよな?」
その問いかけに長倉は、随分前に澪月が寝付けなかった夜、一度だけ吹いて聴かせたことを思い出す。
「謡曲、吹けん?」
長倉にとっては
「羽衣の、「天女の舞」の部分だけで、ええんやけど」
遠慮気味に問いかける澪月に、長倉が問い返す。
「澪月様が、舞われるんですか?」
「うん。前はようやってたんよ。憶えてるかどうかは、怪しいんやけど……」
自信無さげに俯いていた澪月が、キッと前を見据える。
「やけど、このままには出来ん」
また少し不安げに小首を傾げて、
「大内様は、舞は好きなんやろか?」
自分に出来る何かを一生懸命に探っている澪月の問いかけに、長倉は自分の中にある
「大内様は
そして、優しく告げる。
「きっと、お気に召していただけますよ」
珊瑚色のすぐり酒に映るのは、銀の穂先のような下弦の月。観月台に並ぶ和灯篭が、ゆらゆらと宴の席を照らしていた。
白瑠璃の器は、揚知客と大内氏の間を行ったり来たり。
その度に浸される
「おい! そんなところで何をやってるんだ? お前も早くこっちにこい!」
「ただいま参ります!」
明るく応える長倉の隣で、桜色の水干を纏った澪月が、意を決して唇を噛み締める。
「大丈夫ですか?」
長倉の問いかけにコクンと頷いて、澪月は観月台の中央に向かって歩く。
和灯篭に映し出される薄紅の
可憐な
「先ほどは、失礼致しました」
観月台の中央にうずくまる、その姿は
「知らぬこととはいえ、大変なご
幼い容姿に不釣合いな
「お詫びに、お
静かな観月台をコトリと揺らしたのは、大内氏が白瑠璃を膳に乗せる音。自身の表情を隠すように扇を広げ、大内氏は扇の影から問いかける。
「……舞、とな」
「はい、お嫌いでなければ」
澪月の面が、ふわりと上げられる。
扇の上から除き見る大内氏の視線は鋭い。けれど澪月の黒目がちな瞳は、大内氏の強い視線に臆する事なく、まっすぐに向けられる。その真摯な、何かを必死に訴えかけるような蜜色の瞳に、大内氏の口元に、
「舞ってみろ」
「ありがとうございます」
「我は『
「えっ?」
「季節はずれでも良かろう。その薄紅の衣に映える、舞が見たい」
そこで初めて澪月が、少しだけ戸惑った表情を見せる。
音合わせはしていない。長倉は「西行桜」も吹けるのだろうか。そんな不安を持ちながら、視界の端にいる長倉に視線を移す。すると長倉が、その不安を打ち消すようにゆっくりと頷いた。
長倉の、任せろと言わんばかりの深い頷きに、澪月がもう一度その場に平伏す。
「
澪月の涼やかな応えに、大内氏がパチリと扇をたたむ。ゆったりと
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