第8話「イケメンの居場所」
イケメンの正体は、クリンクス・ファミリーが使い潰した探索者で間違いはなかった。
彼は何らかの理由でダンジョンに従事させられ、実験台として覚醒剤を大量に吸引させられ、そして命を落とした。
ネットに転がるたった1枚の恐怖画像の裏側には、悪魔をも目を背ける暴力の影があった。
「…………」
それだけを知ってなお、写真そのものにはまだ到達していない。
当時、警官を務めていた彼は、その時の資料がその後どう扱われたかを知らないと言った。
〜〜〜
すみません。重ね重ねのお話なのですが――。
〜〜〜
私は彼に頼み込み、覚えている限りの「イケメン」の顔つきを文章で伝えてもらうことにした。
彼は了承してくれた。
〜〜〜
わあ、そこまでやるのですか。
わかりました。私もなんとか思い出します。
〜〜〜
こちらは画像をイラストアプリで開き、コラージュされた顔のパーツを消しゴム機能で消し、顔の症状らしきものを再現した。
(そういえばこの肌荒れの理由も……。いや、今はいい)
絵描きの経験があって良かった。これでも絵には自信がある。
伝えられた顔つきを少しずつスケッチしていく。
たくましい目つきで、鼻筋はすっきり通っており、眠っているように穏やかな顔で――。
無機質な翻訳を通したちぐはぐな日本語だったが、私はそれを独自に解釈して飲み込み、筆を走らせる。
ここに来てまさかのアナログな作業。なんて長い回り道。
皮肉な話だ。デジタルの海を幾度となく潜ってきた私が、最後に頼りにするのが自らの手とは。深く潜れば潜るほど、最後にものを言うのは人の手なのかもしれない。
その回り道のために入念なリサーチを行い、それなりに多くの時間を費やしてきた。今更手を抜くなどできない。
(それにきっと……)
彼の居場所を探ることは、その無念を晴らすことなのかもしれない。
彼は何者なのか。いつ動員させられたのか。家族はいたのか。なぜマフィアに捕まり、ダンジョンに人生を狂わされ、ネットでありもしないうわさを立てられたのか。
彼が一体何をしたというのか。
この世界の闇に飲み込まれるほどのことをしたのか。
わからない。
ただ、そういうことも「よくあること」で済まされるのが、この世界の辛いところだし、私が明日そうならない保証はない。
だからせめて、その居場所を知らせてあげたい――そう思うのは、私のエゴだろうか。
「できた」
私は完成した絵を彼に見せた。
彼は「素敵な絵です」と言った。
似ていなかったのだろうか。下手かもな。
それでもいい。彼の正体に少しだけ近づけたのだから。
〜〜〜
ありがとうございます。結果が出たらお伝えします。
〜〜〜
「さて……」
感傷に浸るのはここまでだ。まだ、もう少し頑張れ。DinEyeを訪れ、時系列を古い順にして類似画像検索を行うのだ。
DinEyeの貼り付け欄からフォルダを開き、お手製の「イケメン」をアップする。
検索が始まり、画面の中で光の輪が回り続け、そして結果が出た。
第8話
「イケメンの居場所」
検索結果はいくつか出てきたが、すぐに「これだ」と思う画像を見つけた。
その顔は私の描いたスケッチよりも陰影が深く、伝えられていたよりも頬が削げていて、薬物摂取のためか目元には黒ずんだ影が濃く落ちていた。
痩せぎすで、しかし穏やかな死に顔といったところか。
本当にそれなのかを確かめるため検索結果を全て辿ったが、見つかったのはその画像1つだけだ。
つまり、これが本当の「イケメン」なのだ。
不思議と喜びはなかった。
ああ、そうか――そんな気分だった。
だが「やっと会えたな」という感動は確かにあった。彼の無念を晴らした気持ちもあれば、彼のここまでの歩みにも思いを馳せたくなった。
万感の思いだ。
さて、掲載時期は2001年2月か。早速訪れ……る前に、サイトの素性や危険性をチェックできるサービスで調査をしよう。ウイルスサイトだったら困る。
URLをコピーし、検査欄にそのURLを貼り付けた。
結果が現れる。
ドメイン登録は20年以上前で所有者の変遷もない。 マルウェアを配布していた履歴もない。HTMLも古いままの静的構造で、フィッシング報告もゼロ。放置された昔のサイトらしい。
閲覧に問題はないだろう。画像をそのままクリックし、リンクへ飛んだ。
リンク先は「NightMareVault BBS」なる英語圏の掲示板だった。
黒背景、緑色の固定幅フォント。左側にカテゴリ一覧、その1番上にサイト名。
広告はなく、無造作に貼り付けられたJPEGとスレ主の短い文だけが続く。ページを開くと画面のほとんどを占める右側部分だけが入れ替わるのだろう。
翻訳した。
サイト名の下には飾り気ないフォントで「好きな怖い画像を掲載するサイトです」とだけある。なんともまあ簡素な。アクセスカウンターまであれば完璧だったのだが。
ネット黎明特有の、アングラな静けさが漂うサイトだった。
画像は2001年2月12日に投稿されていた。
タイトルは「Dungeoner's body found in Merida(メリダで見つかった探索者の遺体)。
スレッドには当時のユーザーの返信がいくつか残っていた。
翻訳を介して読み進めると「ちょっと怖い」「どこから拾ったの?」など淡白で、今に語られる「世界一イケメンな探索者」のような戦々恐々ぶりはそこにはない。
画像自体も実際さほど怖くないのでそれもそうか、となる。私もそうだが掲示板の彼らも死体の1つや2つは見慣れているだろうから。
投稿者は掲示板特有のデフォルトネームで、リンクはない。掲示板を利用する匿名の投稿にすぎないようだ。反応に対するレスもなかった。
ともあれ「イケメン」の原点は掴めた。
だがまだ謎が残る。彼はこの画像をどこから取り寄せたのか。情報を寄せてくれた元警官の人によれば、医学系雑誌に掲載されていたそうだが。
考えても仕方がない。DinEyeの貼り付け欄から画像を貼り付ける。
「え」
出ない。一致件数0件。
おいおいここで止まるか? しかしDinEyeも万能ではない。
(学術資料という当たりはある――)
その手の資料はまずPDFでの掲載となろう。
ならGgooleだ。精度は決して高くはないが網羅性はある。PDFまで含めて結果に出してくれる。
2桁と検索結果が出ようが、時間や気力との戦いなので問題なし。ここに来て当初切り捨てていたブラウザが名乗りを上げるか。謎の感動だ。
さあ迷っている暇はない。早速画像検索ページに行き、貼り付け欄から例の画像を開いた。
検索結果はやはり膨大だ。
だが一致するものもいくつかあり、それは3つほどに絞れた。
URLを確認すると3つともPDFだったが、一応例のごとくしっかり危険性もチェック。資料はどれも論文だった。
ダンジョン由来の覚醒剤を投与された人間の病理学的所見を報告する論文だったり、致死性外傷の法医学的分析だったり、はたまたメリダ独立戦争におけるその後の社会変化を考察する論文など。いずれも英語だったので翻訳して概ねを読み取った。
そのうちの1つに例の画像が掲載されていたわけだ。
翻訳を通して1つずつ読み進めていくと、彼の皮膚が荒れている理由がわかった。
彼はどうやら蜘蛛型のモンスターの毒を受けていたようだ。
法医学的分析を行う論文では、死因はこの毒によるもので、覚醒剤はその後投与されたのではないか、と考察されていた。
そのモンスターの毒を取り込んだ者は皮膚に水ぶくれとただれを起こし、熱と幻覚にうなされてのたうち回り、血管を破裂させて死ぬらしい。
例のダンジョンではその蜘蛛型のモンスターがよく現れるらしく、少なくない数の探索者がこの毒にやられていたらしい。
ファミリーにとってそのような遺体は珍しくなかったため、毒+覚醒剤の作用で確認できる医学的所見を、提携している闇の医療機関に資料として提出するためだったのではないか……と。
どうせ死ぬなら、資料として価値がある形に仕上げてやろう――そんな魂胆なのだろう。
結局、悪意があることには変わりはなかった。
「……え?」
3つの論文のうち、最も古いものは2001年4月15日だった。
どういうことだ。あの掲示板での掲載は2001年2月頃だから、この論文より前に日付ということになる。
だが、私はすぐに合点が行った。
最も古い掲載は病理学的所見を報告する論文だ。
あの恐怖画像掲示板の投稿者はこの論文に関わる人物で、こっそりそれをサイトに流したのだ。
自分の趣味のために、面白半分で。
私はパソコンを閉じ、ついでに目も閉じた。
ここまでの全ての経緯をまとめる。
メリダ北部に拠点を構えるクリンクス・ファミリーというマフィアが全ての始まりだ。彼らは世界のダンジョン化に伴い、ダンジョンをシノギにして規模を広げていった。
その最中にメリダ独立戦争が起きる。戦争は2000年まで続き、新政府は反社会勢力の排除に乗り出す。激しい抗争の末にファミリーは敗れ、組織は消滅した。
その後、調査によりファミリーのダンジョンが摘発される。「イケメン」はその時撮影され、写真はどこかの研究機関に保管された。
その写真はのちに論文などに掲載されたものの、その中にいた研究員の誰かが「イケメン」をある恐怖画像掲示板に添付。
出遅れてこれを資料に採用した論文が公開された。
加工の経緯だが、恐らくは画像掲示板の誰かが「イケメン」を見つけたのだろう。それを恐ろしく加工してネットにばら撒く。
画像は当初緩やかに出回ったが、チェンメ版が作られたことで一気に掲載数を増やした。
そして2005年9月の3chに「こいつを世界一イケメンな探索者にして欲しい」というスレッドが立てられたことで、その画像に「世界一イケメンな探索者」という名前が付けられることとなる。
だがまだ謎が残る。
2000年前後に、紙媒体でイケメンと思しき写真を見たという元医学生の証言だ。
彼がさらっと見たという資料は例の論文のうちの1つだったのか、たまたま「イケメン」を採用しただけの別の資料だったのか。
そもそもその写真は本当に「イケメン」だったのか。
そのどれもに確証はない。
また経緯とは直接的には関与していなかったが、ジョージによる次元交流会跡地で発見されたあの5つホルマリン漬け、標本、落ちていた骨の正体も結局わからずじまいだ。
次元交流会がプログラムの一環として採用していたダンジョン由来の物資はクリンクス・ファミリー含め様々なマフィアやギャングから取り寄せていたようだが、そのルートはどのようなものだったのか。
また次元交流会は元々問題のある団体だったはずで、であるならば摘発に当たってはホルマリン漬けや標本などは真っ先に回収されると考えられるが、そうではない様子だった。夜逃げに近い様相だったのだろうか。
調べたらわかるかもしれない。何かヒントがあるのかもしれない。
だが、私の探索はここでおしまいだ。
これ以上の真相はきっとわからないし、わかりたくもないから――。
*
【作者より】
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