第3話 ……エリオットまで

「失礼いたします、ルーナ姫様」

「えぇ、どうぞ。何か、御用でしょうか?」

「はい。陛下から、執務室へ来るようにと」

「せっかく、来てもらって申し訳ないのだけど、体調不良なの。夕方にお邪魔するように言ってくださらないかしら?」

「なんと! 大丈夫でございますか?」

「えぇ、今、薬を処方してもらって、休むところだったの」

「それは、大変失礼をいたしました。陛下には、私の方から、ルーナ姫様のご体調のことをお伝えいたします」

「よろしくね」


 私は、そうそうに会話を切り上げ、休みたいのでと父の侍従を部屋から追い出した。ハンナにも、しばらく、誰も部屋に入れないでほしいと伝え、目を瞑った。


 正妃の娘である私は、貴妃の子であるユウリが先に生まれたことで、生まれこそ二番目であるが、正当な王家の血筋だと認められているため、第一王女として認識されている。ユウリは、姫であるが、正当な跡継ぎとして認められることはなかった。私とユウリは同い年であり、同じ姫でありながら、雲泥の差がある身分であった。

 私の婚約者候補の一人である騎士のエリオットは、母方の遠縁の貴族の子息だった。エリオットも幼い頃に両親を亡くしており、幼い頃から、この城で一緒に育ち、長い年月を共に過ごしている幼馴染である。


 私が5歳のときに、私の優しい世界が一変する。正妃である母が急逝したのだ。そこから、貴妃の台頭があり、同時にユウリの出生が発表されることとなった。認識的には、ユウリの扱いは変わらず、跡継ぎとして認められることはなかったが、持ち前のあざとさで、周りを少しずつ毒していった。それは、貴妃が父を誑かしたように、じわじわと王宮中に広がっていく。

 正妃だった母の代わりに、貴妃が王妃となったころ、私は、この王宮では、見向きもされない姫となっていた。


「ユウリ姫はとても愛らしいですわね?」

「それに比べ、ルーナ姫ときたら……ユウリ姫を階段から突き落としたとか、侍従たちにわがままを言いたい放題だとか……国を担う第一王女ですのに、横暴なふるまいをされるとか……」


 いつの間にか広まった私への貴族の認識は、どれも悪評ばかりで、いつの間にか、私の住む宮殿に来る人は限られていた。侍女やメイドも減っていき、十人にも満たない人数で、宮殿を維持してくれていたのだ。私は、いつの頃からか、宮殿……自室からでなくなった。時折聞こえてくる女の子の声をカーテン越しに見ては、悔しさで唇を噛んだ。


 ……私は、王位継承権があるのだもの。あの子にはないものだわ。いつか、私がこの国の女王になったとき、あの親子をこの国から追放してあげるわ!


 スカートをぎゅっと握ったあと、ユウリの声が聞こえないように、耳を塞ぐ。毎日、私の宮殿の近くにある庭園で、楽しそうに話している声が聞こえてくる。私とは雲泥の差に胸の苦しさを我慢した。


「ルーナちゃんは、どうしてお外に出てこないのかしら? こんなにいい天気なのに。いっそ、呼びましょうか。ねぇ、みんな」


 側に付き従っている侍従たちがクスクスと嘲笑するように笑い、みなが私の名を呼び始めた。


「ルーナ様!」

「ルーナ姫様!」


 ふざけていることがわかるその声音に腹が立ったが、聞こえないように布団に潜り込み、耳を塞いで聞こえないようにするだけが、私の精一杯だった。

 そのときだ。


「ルーナ! 出てこいよ!」


 エリオットの声が聞こえてきた。間違いない。間違えるわけがない。私は、ハッとして布団の中から飛び上がり、こっそりカーテンの隙間から外を見た。宮殿の前で、ユウリとエリオット、その他にも何人もの侍従がおり、私をあざ笑うように話していた。


「……エリオットまで、姉さまに気があるのね」


 私は、それをしりつつ、王位継承のために、私を愛していないエリオットと結婚したのだった。

 それと同時に、ユウリには、姫としての責務として、隣国へ嫁がされた。


「お前のせいで!」


 いつだったか、エリオットに首を絞められたことがあった。その夢を見て、私は、目をさました。

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