第2話 ……最悪よ。

 目が覚めたとき、私の前には婚約者候補の姿絵が置いてあった。どうやら、2年前に戻ったようだと知った瞬間、頭がズキっと痛んだ。


「……いたたた」

「ルーナ様、いかがされましたか?」

「少し頭が痛いの」

「それは大変です! すぐに侍医を呼びますので、お待ちください」


 パタパタと駆けて行く侍女のハンナを視線で追う。ハンナが部屋から出ていったので、私は目をぎゅっと瞑り、痛みが去るのを待っていた。


 ……早く治って。


 こめかみを抑えながら、じっと痛みを我慢する。

 少ししたころ、ドアが開いたので、私はハンナが帰ってきたのかと視線を向けた。ドアから顔を出したのは、ハンナではなく、何故かエリオットであった。


「さっき、ハンナが慌てていたから声をかけたら、頭痛だって? 様子を見にきたんだが……、辛そうだな」


 幼馴染でもあるエリオットは、私からの入室の許可を得ないまま、私の元までこようとした。私は、一瞬、心配してくれるエリオットに嬉しくなり微笑もうとしたが、その後ろから、もう1人、ひょっこりと悪びれる様子もなく顔を出した人物がいた。

 ユウリはエリオットにべったりで、私にわざと見せつけるかのように、「お忍びに行く途中でしたのにぃ!」と甘えた声で、エリオットに詰め寄っている。


「あぁ、そうだった。でも、具合の悪そうなルーナの様子も気になるから」

「エリオットは、本当に優しい人ね。あんなの演技に決まっているわ。あなたにかまってもらえないからって、本当、ルーナはいつも嘘ばかりで困ってしまうわ」


 私は頭痛でクラクラとしていたが、ユウリの言葉に言い返そうとした。ひどくなる一方の痛みに、静かにしてほしくて、今すぐにでも、茶番を繰り広げる2人には部屋を出ていって欲しかった。私は、痛みに耐えながら、二人を睨んだ。


「今すぐ出て行きなさい。ここは、王女の部屋です。勝手に入らないでくださる?」


 絞り出すように言葉にすると、「ルーナがこわーい!」と、バカにするような口調でエリオットと後ろにユウリは隠れてしまった。

 そんなユウリの脅えた演技を見て、エリオットは、私に「ユウリに優しくできないのか」と抗議してくるが、今は、それどころではないのだ。ただ、ただ、うるさい2人が部屋から早く出ていって欲しかった。


「聞こえなかったの? エリオット。私は、あなたと姉様には、早々にこの部屋から出て欲しいと言っているの。あなたたちにかまけている時間はないわ!」


 こちらの話を聞かない2人に怒りを覚え、イライラとした私は、怒りのあまり、叫んでいた。


「今すぐ、ここから、出ていってちょうだい! 何度も言わせないで。聞こえなかったの?」

「ルーナ、そんな言葉を使わなくても、もう行く」


 エリオットは私を睨み、ユウリは私を見て勝ち誇ったようにほくそ笑んだ。その醜さに私は吐き気がしたけど、二人が部屋から出ていくのを確認したあと、ゆっくりとソファに寝そべることにした。


 ……少し楽な気がする。


 頭を抑えながら、私は、また、目を瞑った。次に目を覚ましたとき、ハンナが私を覗き込み、後ろに侍医を伴っているようだ。


「ルーナ様、お加減はいかがですか?」

「……最悪よ。頭が割れそうなほど、痛いわ」

「失礼します。少し、触診をさせてください」

「えぇ、お願い。このままでもいいかしら?」


 私はソファに寝そべったまま、侍医に尋ねると「もちろんです」と返答が返ってきた。首の付け根の当たりに触られたとき、ふっと痛みが消えたように感じた。ただ、その場を離れると、また、同じように痛みが増してくる。


「首の付け根あたりを少し触ってもらえますか?」

「私でもよろしいでしょうか」

「えぇ、お願い」


 私の様子を見て、侍医からは、頭痛薬の処方と体のコリをほぐす運動やマッサージを勧められる。


「姫様、少し、根を詰めていらっしゃることがおありですか? 原因は、それかと……目、肩、肩甲骨のあたりが、特に凝り固まっております。ハンナさん、少し姫様の体をほぐすようにマッサージをして差し上げてください。薬で治すこともできますが、できるだけ、生活習慣に気を付けてもらった方が、よいかと存じます」


 頭痛薬を置いて、侍医は部屋を出ていった。私は、頭痛薬を飲み、少し休むことにした。ベッドへ向かおうとしたとき、父の侍従が私の部屋への入出許可を申し出てきたのだった。

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