20歩 契約紋
「よし! 二人ともいい出来だ! これならどこに暗殺に出しても恥ずかしくない! 最終試験合格!」
首に2本のナイフを突きつけられた状態のルレイル先生が爽やかな笑顔で宣言してる。
「ほん……とに?」
「恥ずかしくないってどうなの? 笑って言うことかよ?」
「人生笑ってるのが一番さ! 俺は暗殺する瞬間でも笑うことにしてるぜ?」
ナイフの刃先をつまんで椅子から立ち上がりながらとんでもないことを言ってる。
「そ……れっていいの? 悪いの?」
ナイフをホルダーにしまって質問した。
「いいに決まってる! 死ぬ瞬間に冷たい顔をされるよりいいだろう! アーヤもボルドも暗殺の瞬間のキメ顔を考えておくといい! お? それを最終試験にするか!」
いいこと思いついた! みたいな顔してる。
フォンセが言ってた通り、ほんとに頭がパアなのかもしれない。
「そんな試験はしなくてもいいよ。でもほんとにこれで終わりでいいの? 実感ないんだけど」
ボルドの言う通り。わたしもそう思う。だって訓練しかしたことないから。それはもちろん大変なことだったけど。
「アーヤは隠密スキルが半端ないからな! どんな状況でも対応できる技術をさらに磨いて言うことなしだ! 誰にも見つからずにサクッと刃を突き立てるだけで仕事は終わり! こんな楽しい仕事ないだろ!」
「俺は?」
「ボルドの戦闘技術は暗殺者としては一流! サクッと目標にお眠りいただいて逃げればいい! 二人ともタイプは違うけどいいんじゃね?」
ビシッとわたしとボルドに指をさしてポーズを決めてる。不安定な姿勢がおかしすぎる。
「なんかてきとうに感じるんだけど?」
ボルドの視線が痛々しいものを見る目になってた。
「そうか? 俺はお前らの望みに近づけるように手伝うことができて楽しいぜ? さっそくだけどな。お前らに本物の仕事だ。手伝ってくれるよな?」
手伝う。契約書にあった言葉。わたしたちが契約した履行しないければいけない決まり。
裏ギルド<プラント>フォルテ支部の長、青のラズワルド。つまり、おじさんの立ち合いの元で交わされた契約の儀式を思い出した。
『これで契約の儀式は終了です。ラズ、確認を』
上衣を抱えて胸を隠し心臓のあたりだけをはだけさせていた。わたしの胸から魔法を編み込まれた契約書がペリペリと引き剥がされる。魔法の残留痕を描きながら。
『刻印された契約紋の発光を確かに確認した。服を着ていいぞ』
そう言って背を向けるおじさん。わたしの着替えを見ないようにしてくれてる。一番最初に出会ったときと違って女の子扱いしてくれる。
『アーヤさん。契約紋は心臓の真上に位置しています。契約が履行されないとき、契約紋が魔法の刃となってアーヤさんの心臓を貫きます』
手伝わないと命が亡くなる。怖くはなかった。その代わりに手に入れられるものがあるから。
そしていま、その力を試すときがきたんだ。
「もちろん」
「うん」
固い決意を込めて相槌を打った。
ボルドも同じ。きっとわたしと似たような思いがあるのかもしれない。
「うんうん。お前らのスキルを磨くために手伝って欲しいことがあったら遠慮しないでこれからも言っていいんだからな!」
ポーズを変えてわたしとボルドに指をさし直してる。ほんとにこの人パアかもしれない。
「もちろん遠慮なんかしないさ。ほかにも身につけたいことはいっぱいあるんだ」
「アーヤも」
「内容はここに書いてあるとおり。読んだら覚えて燃やせ。ここでだ」
「何枚もある……分厚いよ?」
「ほんとだ。でもひと綴りになってる。あれ? これって俺とアーヤの二人でやれってこと?」
「ま。そういうことだ。必要なものは資材班が手配済みだ。そこにあるからもってけ」
ポーズを変えて黒い箱を両手で指さしてる。
つまり。試験の成否は想定済みですぐに仕事に行けるように手配をされていたということだよね?
二人ですべてを読み終えて理解したことを確認し合った。分厚いから時間かかる。
「瞬きより対象のみを燃やし灰となれ」
ボルドの手の中で炎が燃え上がるとひと綴りの紙が一瞬で灰になった。
「ボルド。創造魔法、上手になった……ね」
「まあな。普通の詠唱魔法よりも疲れるけど。創造した通りに発現する魔法の方が使い勝手はいいよな」
詠唱魔法は決められた呪文で効果を発揮する標準魔法。
創造魔法はそのときに必要なことを文字通り創造して発現する高等魔法。
どちらも精神力を必要とするけど、その場で構築する創造魔法は余計に疲れるという。
「それで。標的の背景とか聞いてもいいの?」
「私情は挟まない! 仕事に必要ない! と、普通の裏稼業なら言うとこだがな。俺たちに目的がある以上、知りたかったら教えるぞ!」
いや。ポーズはもういいから。
「教……えて」
「表の顔は城塞都市フォルテの商業ギルドを束ねる大商会の重鎮。裏では奴隷売買の元締めをする悪人さ。粛清されなければいけない世界の敵ってやつだ!」
途中まで苦々しい顔をしてたのに晴れやかな笑顔になってるし。
追加の書類を渡されたから二人で読み込む。
「最初は裏ギルドって言うから悪いことばかりするチンピラの集団かと思ってたらそうじゃないのな?」
「アーヤもそ……う思ってた」
裏ってつくといかにも悪いことしてそうだよね。
「ああん? 悪人の集団さ。裏から世界を正しく乗っ取ろうってんだからな! 悪どいやつは粛清! 俺たちの邪魔をするやつはいい奴でも排除!」
粛清と排除。その意味は似てるけどきっと違う。
「そのために俺たちみたいな訳ありの子どもを孤児院に引き込んで利用してんだもんな」
「そりゃそうさ。じゃなけりゃヨボヨボの年寄りばかりになっちまうだろ? そしたらどんな組織も壊滅だ! それを上手く利用するのも俺たちの狙いだけどな!」
「貴族社会や教会。国務機関、あらゆるギルドに潜り込むって聞いたときはびっくりだったよ。ほんとに乗っ取るつもりでさ」
要はなるべく歳が若いころから裏ギルドのファミリーを潜入させて名実ともに支配しようというらしいんだよね。最初はそれぞれの組織を単独で。いずれは組織同士で繋がりができるようにする。
生い茂る枝葉のように広げてやがては世界を一つの大樹のようにするんだとおじさんが語っていた。
それが裏ギルド<プラント>の目的。
「幼いころから磨き上げた原石を輝かせて世界にばら撒く。輝く宝石は石ころを押し除けてさらに輝くってわけさ! いい計画だろ!」
「孤児院は言ってみれば試金石。養成する特別レッスンに送り出す子どもを選別する場所ってわけだよね」
話しながらスローイングナイフを的に当てるボルド。脚、腕、喉、心臓、眉間、人の形をした的に次々正確に投擲してる。
「その通り! 選ばれない子どもも救えて世の中に戻れる! 選ばれた子どもは世界の中枢で輝く!」
的に刺さったスローイングナイフを引き抜くとお手玉を始めるルレイル先生。次の瞬間にはボルドの隣にいて5本全部が心臓の位置を突き刺していた。
「こうして特別レッスンでルレイル先生みたいな腕のいい専門家にも鍛えてもらえるのはありがたいね。気の長い話だけどさ。俺も悪くない計画だと思うよ。いつか必ず。俺も願いを果たす」
目の周りがこわばって宙を睨むほど。ボルドの視線が怖いくらいに遠くを見ていた。
「そん……なことしてい……いのかな?」
わたしにはそれがいいのかどうなのか分からない。裏ギルドには入ったけど、その目的に賛同してるわけじゃないし。
「いいんだよ。無理な革命や戦争をするよりもよっぽどな。はびこる毒草を摘むだけでいいんだぜ? それに俺たち孤児は願いを叶えるために世界で輝くんだ! 最高じゃねぇか!」
だからポーズはしなくてもいいんだけど。じっとりと見ていたらわたしに2本の人差し指が向いた。
「アーヤもそう思うだろ!」
「……アーヤは……仇を討って大事な友だちと会え……ればいい。もちろんアーヤは手伝うこ……ともする」
アーヤみたいな子どもを増やすのは嫌だ。そして誓いを果たしたい。
「ま。それもいいさ。だけどな。不思議とそういうもんは絡んだ根っこのように自分にまとわりつくもんさ」
ポーズがどんどん変になっていく。わたしよりも体が柔らかそう。それこそ根っこみたいに絡んでない?
「言ってる意味とポーズがよく分かんないんだけど?」
「人の欲は怖いって話さ。ともかく! ボルド。お前、ちゃんと分かってるんだろうな?」
変なポーズのままボルドに視線を送るルレイル先生の笑顔がなんだか怖かった。
分かってるってなんのことだろう?
「……分かってるよ。アーヤ、さっそく準備に取り掛かろう」
「うん。ルレイル先生。ま……たね」
「おう! 死ぬなよ!」
キラッキラに輝く笑顔に見送られながら梯子に手と足をかけて滑り降りた。荷物を背負って。
帰り道はきた通りにクラブ<クラウン>に続く地下水道を戻っていく。
お店に戻ると真っ暗だった。もう真夜中を過ぎてる。あれだけ賑やかだった店内が静まって怖いくらい。
わたしたちはとっくに孤児院に戻っていることになってる。
暗い従業員部屋で孤児院の制服に着替えて黒いフード付きの外套を身につける。白い制服は夜道で目立つから。
帰りは隠密スキルを使って誰の目にも映らないままに建物の影となって走り去っていく。
孤児院の裏口から音を立てずに部屋に戻る。ボルドとは相部屋。ベッドも隣。
理由は簡単。受ける特別レッスンが特殊だから。
寝巻きに着替えてすぐに眠らないと明日に差し支える。
二人で無言のまま、それぞれのベッドに横になった。
だけど……眠れない。
初仕事。ほんとにわたしに暗殺なんてできるのかな?
聞いた話によると暗殺を生業にしているギルドでは殺しの訓練もするらしい。いざというときに殺せない暗殺者なんて役に立たないから。
怖い。
自分の目的のために選んだ道。
だけどまさか暗殺なんて仕事をする道に進むとは思ってなかった。
それでも。
わたしはやらないといけない。
復讐を果たすために。
「アーヤ。眠れないのか?」
寝返りの音が部屋に響いていた。
「ご……めん。起こしちゃった?」
「いや。まだ俺も寝てないよ」
向こうを向いていたボルドと視線が合った。赤い髪と赤い瞳がわたしを見てる。
「アーヤ。でき……るよ?」
「分かってる」
ボルドの瞳が揺らいで見えたから。
わたしの気持ちを感じてくれてるのかもしれない。鍛えられて硬くなったボルドの手のひらがわたしの頭を撫でる。
「手を……繋いでもい……い?」
無言で手を握ってくれた。冷たいわたしの手に伝わるぬくもりが熱い。
まるでボルドの心臓の音が伝わってくるよう。
わたしの心臓の音も聞こえる?
ルプスお母さまのゆりかごのようなもふもふの毛が懐かしい。
ボルドの赤髪を撫で返しているうちに。
いつの間にか眠ってしまった。
「まったく。無防備な寝顔して。俺の気持ち忘れたのかよ。まだお子様だししょうがないか。……アーヤ。最終試験はまだ終わってないんだ。必ず……俺が守るよ」
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