暗殺教室

19歩 夜の蝶々

ヴァイゼ孤児院がある場所は辺境の城塞都市フォルテの北西の端っこ。

孤児院の玄関扉を出ると石で仕切られた薬草園が広がってる。足を進めると石造りの建物群に差し掛かる。


「アーヤ。手を繋ぐよ」

「うん」


差し出されたボルドの手に縋り付くようにギュッと握る。夜は怖い。

ボルドの手が少し熱く感じる。


「熱……ない? だいじょぶ?」

「だ、大丈夫!」


顔も少し赤く見えるけどほんとにだいじょぶかな?

幼く見えるわたしは兄に手を引かれて歩く妹のように振る舞う。そういう仕草は孤児院で覚えた。金髪のわたしと赤髪のボルドは兄と妹と言うほどには似ていないけど。


治安がそれなりに悪くないとはいえ夜の都を堂々と歩くのも変な話。人攫いだってないわけじゃないから。


孤児院を出て夜の繁華街に向かう。こうやって外出できるのは院長に許可されたときだけという名目。

密集した木造りの集落をジグザグの道を抜けて、石造りの建物がぎゅうぎゅうに建ち並ぶ暗い路地裏を通り表通りへと進むんだ。


暗い路地裏にはちらほらと男たちがいる。一人で立ち尽くしていたり、数人で下卑た笑いを浮かべながらなにかを話してる。歩くわたしたちを見ているようだった。ボルドがわたしを隠すようにしながら目を合わさずに足早に通り過ぎる。


日が沈んだ大通りは魔導で灯されたランプでほのかに照らされていた。

人も少なくなってきていて露天商は店仕舞いを始めている。建物で構えている商店も同じようなもの。酒場や宿屋、表通りから一歩入ると夜のお店が賑わうことになる。


通りには商業、農業、工業といった専門職のギルドのほかに、冒険者ギルドや魔導ギルドとかがあって、秘密の通路を知ることができれば盗賊ギルドとか特殊なギルドに辿り着くこともできるそう。


領主がいる城の周辺には法務や税務、軍務とかを管理する省や国務関係の建物が多くなってくる。ほかにも国教の教会支部だったり、大商会の建物だったり。さらにその先には貴族の屋敷が並ぶ区画もある。

ほかの区画に行けば貴族の子どもたちが通う学園もあるし、騎士団や軍関係の施設もあったりする。

庶民平民の住まいは大体が外周部。農民は城壁の外で暮らしてる。


城塞都市フォルテは辺境を守る都として流通も人も活気のある街だったりする。


ヴァイゼ孤児院から卒院した子どもたちもその能力に応じてこの街で働くこともあれば、セーリオのようにどこか違う場所へ行くこともある。国の中心地、聖なる王都に行った子どももいたらしい。

けれどいまのわたしにはどこも関係ない場所。

わたしがこれから向かうのは裏ギルドだ。通い始めて四年以上になる。


足を進めながら露店の一軒でとてもおいしそうな果実に目を奪われていた。


「あれ食べたいのか? お金があったら買ってあげられるのになあ。俺が稼げるようになったら腹いっぱい食わせてやるからな」


赤いツンツン頭をボリボリとかきながら残念そうに、そして先の見えない未来を思い浮かべて笑顔を浮かべるボルド。これは演技?


「そ……れは……うれしいけどアーヤはボルドとつがいにな……らないよ?」

「分かってる! わざわざ言わなくていいから!」


ごめんね? そんなに泣きそうな顔をしないで?


「食べな」

「え?」


飛んできた二つの果実を慌てて受け取った。

わたしたちのやりとりがいかにも孤児院で育つ子どもとして目に映ったのか露天商のおばさんが果実を投げてよこしてくれた。


孤児院の子どもたちは城塞都市の住人に受け入れられていたり、蔑まされていたり、なんとも思われていなかったり、反応はいろいろ。


「もらっていいの?」


ボルドが恐る恐る聞いている。


「腐りかけだよ」


半分不機嫌そうに興味もないといった感じで作業を続けてる。


「あ……りがとう!」


思い切り満面の笑顔で感謝の言葉を伝えるとおばさんのしわがくしゃりとしていた。

鼻先に近づけてふんふん。受け取った果実から爽やかな香りがする。新鮮そのもの。一つをボルドに渡した。


「アーヤ。犬みたいに嗅ぐくせ治ってないのな」

「い……いの。アーヤは狼」


狼は必ず匂いで安全を確認してから食べるんだもん。


「はいはい」


この果実は森でも食べたことがある。ピスィカと一緒に太い木の枝に座って足をぶらぶらさせながら食べていたときにルプスお母さまから狼らしくないと叱られた思い出がある。だから見つめてしまった。


手のひらいっぱいの果実にかぷりとかじりつくと、じゅわっと懐かしい味が心の中に広がる。思い出に涙が滲む。涙をしまう袋があふれる。


「とっ……てもおいしい。おい……しいよ」

「仕事の邪魔だからとっととおいき」


口元が緩んだまま追い出すようなことを言うおばさんにぺこりと頭を下げて立ち去った。


繁華街を通り過ぎて表通りから外れると裏路地にある石造りの大きな建物がある。そこに間借りしているいくつもの夜のお店がある。その中にある一軒の看板が目に留まる。


クラブ<クラウン>。

会員制の高級なお店。

開店前だから表扉を開けてお店の中に入る。


扉を開けると華やかな花々が活けられた花瓶が目に映る。短い通路を抜けると豪華そうなソファが並んでる。

まだお客はきていない。

いくつもの酒瓶とグラスが並んでいるカウンターの向こうには妖艶な美女が朗らかに微笑んでいた。胸元が大きく開いたキラキラとした蝶々のようなドレスをまとっている。


「アーヤちゃん。ボルドくん。いらっしゃい」


淡いピンク色の煙が艶やかな赤い唇からふわりと吐き出される。金剛石ダイヤモンドが輝く煙管キセルを手にしている。


「こんばんは」

「ヴィペラママ。今……日も綺麗」

「うふふ。いつも嬉しいわ。アーヤちゃんこそ素敵な髪型ね」

「えへへ。そ……うかな?」


チェーンがふんわりと編み込みしてくれたサイドポニーテール。わたしにとってはウルフテール。


「ええ。とっても。将来はうちのお店で働いてもらいたいわ。きっと一番の嬢になるわよ?」


手を合わせてにこやかにわたしを迎えるように誘ってくれるのは認められたみたいでうれしいけどわたしはまだ12歳だからね?


「いや。それはダメ。アーヤには無理だから。やめて欲しいんだけど」

「そうだ……よ。ボルドの言う通り、わ……たしになんて無理だよ。上手に話……せないし」


わたしなんて森で育った雑草もいいとこだからね。


「ボルドくんはそういうつもりで言ったんじゃないと思うわよ? その話し方も魅力の一つよ。それじゃあいつも通り着替えてよろしくね」


どういうつもり? あ。うん。無理。

魅力って言われるとうれしくてにへらとしてしまう。

だけど、人族の中で暮らすならもっとちゃんとしないとだよね?


「了解」

「はい」


奥の従業員部屋に進んで、孤児院の制服から黒いパンツスーツに着替えて革靴に履き替える。更衣室なんてものはないからボルドと一緒だ。別にわたしは気にしないけどボルドは気を遣ってこちらを見ないでいてくれる。一度もちらりとも見られたことはない。


いつも通り、手分けして清掃と料理の仕込みをしていると綺麗なお姉さんたちが入ってきた。露出の高いドレスに着替えて魅惑的な化粧を施していく。夜の戦闘準備だ。と言ってもあくまでもお酒の席で男性と楽しいお話をしてもてなすお店。


開店の時間になると男性客がぽつりぽつりと現れて懇意にしている夜の蝶々を指名していく。

この時間になるとわたしとボルドはホールスタッフも兼ねることになる。おしぼりや灰皿を用意する。注文が入ればグラスやお酒に氷を用意してテーブルに運んでいく。

常連のお客さんの中にはわたしとボルドのことも覚えていて軽くお話をすることもある。


小半刻も過ぎたころ。ボルドと視線を合わせてお店の奥へと消えていく。ヴィペラママたち蝶々になにも咎められることなく。

表向きのわたしたちの仕事はおしまいだから。


裏手に続く狭い通路にある小部屋に入る。中は雑然と物が積まれていて狭苦しい。古びた衣装棚を開けて床にある仕掛けを手順通りに作動する。底板に偽装された地下への扉が開いた。明かりのない暗い穴の中にハシゴが続いてる。


ボルドを先に長い梯子を降り切ると、どこかの水脈からこんこんと湧き出る地下水路に辿り着く。背の高い大人も直立したまま歩けるくらいの石で組まれた地下水道。どういう風に造られたのか知らないけど古い時代からあるものらしい。

けれど誰にも知られていない忘れられた建造物。

ううん。誰も知らないというのは違う。裏世界の住人たちだけが知っているんだ。


真っ暗の中、歩いていく。わたしは元々夜目が利くし、ボルドは訓練で見えるようになってる。

城のある方角へ向かう。途中、いくつかの梯子や扉、交叉路を通り過ぎて目的の梯子をわたしが先に登った。ひょいひょいと登り切って明るい部屋にぴょこんと飛び上がる。


「よっと」


最後の一段を踏みつけて床に手を伸ばしたボルドが顔を出した。手を差し出してボルドの体を一気に引き上げる。


「毎晩毎晩、面倒って言えば面倒だよな。孤児院からここまでくるのは」


立ち上がったボルドが不満そうに言いながら黒スーツの乱れを直してる。


「お前、生意気言ってんじゃない! バレたら死だ。死!」


頭の下半分だけ刈り込まれた長い灰色髪を振り乱しながら、首を掻き切るポーズをする長身の男性がわたしの隣に立っていた。そんなポーズをしてるのにキラッキラな笑顔が眩しい。

上下ともぴっちりとした真っ黒の衣服を身につけていて、髪のひと束だけくくっている銀の髪留めが揺れている。

フォンセが言うにはすっごいとってもお顔がいいらしいけど頭の中はパアなんだとか。


「ルレイル先生に言われなくても分かってるけどさ。国務機関がある区画に裏ギルドの支部が存在してるなんて誰も思わないよな」

「俺たちみたいのがいるなんて笑えるな!」


ここの大体の位置は国の機関がひしめく区画の中になる。

カラッとした笑い声を上げながら抜き身のナイフを放り投げるルレイル先生。装飾性のまったくない小ぶりのナイフが明かりを受けてくるくると鈍く反射していた。

パシッと受け取って手の甲と平でくるくる回すと黒スーツの内側に身につけたホルダーに収めてる。


「大体さ。契約したこととは別に守秘義務とか死とか後付けが多すぎるんだよ」

「確かにな! うんうん。俺もそう思う! だけどどっちにしても受けてたろ?」

「まあね」

「アーヤはどうだ?」


わたしにも小ぶりのナイフが投げられる。受け取ってくるんと一回転した勢いでホルダーに差し込んだ。

爽やかに笑いながら聞かれても。分かってるくせに。


「答……えは変わらないよ。アーヤの道はずっと同……じ」


そう。生きる道は変わらない。あの日に誓ったわたしの真っ黒な思いを叶えるために。


「お! いい目をしてるなあ! それじゃあさっそく暗殺の最終訓練を始めるとするか。ま、最終試験だな!」


あっけらかんとした笑いが三人しかいない殺風景な部屋にこだました。

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