第5話 真実を語るカサンドラと、無駄の放棄
凡の「無駄な成功法則」は、真実になりすぎた。住人たちは凡の予言通りにしか動かず、アパートは「自由な意志」を失った人々の集団と化していた。凡は、自らの自己愛の暴走がもたらした、この不条理な状況に打ちひしがれていた。
「僕の法則が、真実になりすぎたんだ……。誰もが、僕の言葉を信じきってる!」
凡の得た力は、真実を語っても誰も信じてもらえないカサンドラの呪いとは正反対に、「何を言っても真実として信じられてしまう呪い」へと変質していた。
凡は、隣の壁を叩いた。
「アテナ・ロス!僕の言葉を、誰も信じないような、バカバカしいものに戻す方法はないんですか!?」
隣から、オペラのような大声が響いた。
「馬鹿ね!馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!あんたの課題は、『誰も信じない真実を、最も無駄な方法で証明し、その上で、その真実をアンタ自身が放棄すること』よ!真実の価値を無駄に貶めることこそが、アンタがやるべき最後の裏技なんだから!」
凡は、師匠の言葉を最後の「裏技」だと認識した。
「そうだ!僕の無駄な成功法則を、誰も信じないくらいバカバカしい、究極の無駄にしてやる!」
最終章 無駄すぎる真実の証明
凡が立てたカサンドラ攻略マニュアルは、こうだった。
究極の無駄な真実の証明: アパートの住人全員の前で、彼の「無駄な成功法則」がいかに正確な真実であるかを証明する。
真実の放棄: その真実が究極に無意味で、バカバカしいことを証明し、住人たちに「信じるのが馬鹿らしい」と思わせる。
凡は、アパートの集会室に住人全員を集めた。
「皆様。この度、私が確立した『無駄すぎる成功法則』の真実性を、証明させていただきます」
凡は、自信満々に言った。
「私が予言する、明日朝8時のアパート全体の『究極に無駄でどうでもいい真実』は、これです!」
凡は、大きなホワイトボードに、渾身の力を込めて一文を書いた。
『明日朝8時、アパート全員の玄関マットの隅が、わずか1ミリ、右にズレている』
住人たちは、呆気にとられた。トーストの焦げ目や運勢ならまだしも、「玄関マットのズレ」という、人生に何の役にも立たない真実の予言だ。
そして、凡は予言を証明するために、究極に無駄な裏工作を実行した。
凡は、夜通し、アパートの住人全員の玄関に忍び寄った(無断侵入ではない。扉の隙間から細い棒を差し込み、マットの隅を慎重に1ミリだけ押すという、極めて非効率的な方法で)。
【凡人の最後の無駄な努力】
作業: アパートの全世帯の玄関マットを、定規で測りながら1ミリだけ右にズラす。
目的: 「無駄な成功法則」が、「無駄な裏工作」によって真実となることを証明する。
翌朝8時。住人たちは、集会室に集まった。
凡は、全員に一斉に玄関マットを確認するよう促した。住人たちが戻ってくると、彼らの顔には、恐怖ではなく、困惑と呆れが浮かんでいた。
「本当に、1ミリ、ズレてた……」
「でも、それが何だっていうんだ?何の役にも立たない真実じゃないか……」
凡は、その反応に満足した。
「はい!その通りです!」凡は叫んだ。
「僕の無駄すぎる成功法則は、『玄関マットのズレ』という、究極に無意味な真実を、正確に予言し証明する力を持っていたんです!」
「そして、私は、この究極に無駄な真実を証明するために、夜通し、全世帯のマットを1ミリずつ押すという、究極に無駄な努力をしました!」
「僕の法則は、真実です。しかし、信じるのが馬鹿らしいほど、無駄な真実です!」
凡は、そう言って、自分の「無駄な成功法則マニュアル」を、破り捨てた。
【カサンドラの呪い解除】
凡は、真実の価値を自ら無駄に貶めるという、最後の裏技を実行した。住人たちは、凡の法則が「真実」であることは認めても、その真実が無意味すぎるため、誰も信じることをやめた。
凡は、自己愛の暴走から解放され、「誰も信じない真実」を、「誰も信じる必要のないバカバカしいこと」に変えたことで、アパートに自由な意志を取り戻した。
その日の夜。アパートの部屋で、アテナ・ロスの声が聞こえてきた。
「見事よ、凡人。カサンドラの呪いを解くのは、誰もが聞きたい真実じゃなくて、誰も聞きたくない無駄な真実よ。あんたは、真実を放棄することで、最高の自由を手に入れた」
凡は、隣人の迷惑な大声に、心からの感謝を込めて頷いた。
凡は、「人生にはマニュアルも真実も必要ない。必要なのは、無駄を愛する勇気だ」という、究極に無駄だが、彼にとって最も価値のある成功法則を手に入れたのだ。
神話の隣人が教える、無駄すぎる成功法則 DONOMASA @DONOMASA
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