第9話

「――よし、これで『農耕用』への改造完了だ」


リペア王国の朝。 広大な畑の真ん中で、俺、アルトは額の汗を拭った。


目の前にいるのは、かつて黒騎士団が跨っていた軍用魔獣『装甲地竜(パンツァー・ドラゴン)』だ。 数トンある巨体と、鋼鉄の鱗を持つ凶暴な獣。 だが、今の彼らの姿は少し……いや、だいぶ変わっていた。


背中の重苦しい装甲は取り外され、代わりに牽引式の『巨大な鋤(すき)』と『荷台』が装着されている。 さらに、凶暴性を制御するための脳内チップ(エライズ製)も、俺の『修繕』によって「温厚で働き者な性格」へと書き換えられていた。


「グルルゥ……」


地竜が喉を鳴らし、俺に頭を擦り付けてくる。 まるで大型犬だ。


「いい子だ。今日からお前たちの仕事は、人を踏み潰すことじゃない。この荒野を耕して、美味しい野菜を育てることだ」 「キュウ!」


地竜たちは嬉しそうに尻尾を振り、広大な荒れ地へと散らばっていった。 そのパワーは凄まじい。 岩だらけの荒野が、まるで豆腐のように耕されていく。トラクターも真っ青の馬力だ。


「すごいですね、アルト様。あの凶暴な地竜たちが、こんなに大人しくなるなんて」


麦わら帽子を被ったセレスティアが、冷たい麦茶を差し出してくれた。 農作業姿も似合っている。というか、何を着ても素材(本人)が良いから絵になる。


「彼らも被害者だからな。無理やり兵器にされていたストレスを『修繕(メンタルケア)』してやったら、本来の穏やかな気質に戻っただけだよ」 「ふふ、やっぱりアルト様は優しいです」


「おい、イチャついているところすまないが」


呆れた声と共に、ツルハシを担いだレイシャがやってきた。 その後ろには、囚人服を着た元・黒騎士団の面々が整列している。


「捕虜たちの班分けが終わったぞ。採掘班、建築班、そして農業班だ。……正直、勇者グレインよりも彼らの方が働きが良いな」 「そりゃあ、元々軍隊で鍛えられてるからな。基礎体力が違う」


黒騎士たちは、呪いの鎧から解放されたことで憑き物が落ちたようになっていた。 最初は怯えていたが、「飯が美味い」「(以前のブラックな軍務より)労働時間が短い」「温泉がある」というホワイトな環境に、急速に順応しつつある。


「隊長! いや、現場監督! 今日のノルマ達成しました! 追加の作業はありますか!?」 元団長のザイドが、爽やかな笑顔で敬礼してくる。


「ああ、じゃあ次は用水路の拡張を頼む。終わったらビール(麦を発酵させて『修繕』で作った試作品)を出してやるぞ」 「「「うおおおおおッ! アルト王万歳!!」」」


彼らは歓喜の雄叫びを上げて現場へ走っていった。 ……本当に、彼らはあの悪名高い処刑部隊だったのだろうか。 まあ、環境が人を変えるということだろう。


◇ ◇ ◇


その日の午後。 定期連絡のために、商人のベルンがやってきた。 彼は荷馬車いっぱいの物資(塩や調味料、嗜好品など)を積んで、意気揚々と門をくぐった――のだが。


「……は? け、建国? 『リペア王国』……?」


ベルンは広場に掲げられた新しい国旗(ハンマーとスパナが交差したデザイン)を見て、泡を吹いて倒れた。 気付け薬(エライズ特製)で叩き起こすのに十分かかった。


「あ、アルト様ぁぁぁ! 何やってるんですかぁぁ! 黒騎士団を撃退しただけじゃなくて、独立宣言!? 正気ですか!?」 「ああ。だって、いちいち王国の干渉を受けるのが面倒だし。税金を払う理由もないだろ?」 「それはそうですけど! これ、国家反逆罪の極みですよ!? 王国軍が総出で攻めてきますよ!?」


ベルンは頭を抱えて震えている。 商人としては、反乱軍に加担するのはリスクが高すぎるからだ。


「大丈夫だ。軍隊が来ても追い返すし、そもそも攻めて来られないようにするつもりだ」 「は? どうやって?」 「経済だよ」


俺はニヤリと笑い、ベルンを倉庫へと案内した。


倉庫の扉が開かれる。 そこには、山のように積まれた木箱があった。


「こ、これは……?」 「今回の戦利品をリサイクルした商品だ。黒騎士団の鎧に使われていた『黒鋼(ブラック・スチール)』を精錬し直して作った、調理器具と農具。それに、地竜の鱗を加工した『竜鱗の盾』」


ベルンが商品を手に取り、目を見開く。 「か、軽い……! それに、この強度はミスリル以上!? こんなフライパン、王家御用達の職人でも作れませんよ!」


「さらにこっちだ。セレスティアの聖魔法を込めた『聖女の化粧水』と、エライズが開発した『疲労回復ポーション(副作用なし)』」


「……ゴクリ」 ベルンが喉を鳴らす。 商人の勘が、恐怖を上回った瞬間だ。


「ベルンさん。俺はこの国を、武力で広げるつもりはない。だが、世界中に『リペア製品』をばら撒くつもりだ」 「ばら撒く……?」 「ああ。圧倒的に高品質で、圧倒的に安い商品をな。……もし王国の貴族たちが、俺たちの作る商品なしじゃ生活できなくなったら、どうなると思う?」


ベルンはハッとした。 「……国は、手を出せなくなる。もしリペア王国を攻め滅ぼせば、この供給が止まるからです。貴族たちは自分の生活レベルが下がるのを何より嫌いますから」


「ご名答。というわけで、ベルンさん。あんたを我が国の『通商大臣』に任命する。この商品を王都で売りさばいてきてくれ」


俺が任命書(羊皮紙を『修繕』して箔押し加工したもの)を渡すと、ベルンは震える手でそれを受け取った。


「……乗りました。毒を食らわば皿まで。いや、この船は泥船どころか、黄金の戦艦かもしれない!」


ベルンの目は、完全に商売人の色に変わっていた。 「任せてください。王都の市場を、アルト様の商品で埋め尽くして見せましょう!」


◇ ◇ ◇


数日後。王都の市場にて。


「な、なによこれ!? 私の肌が、十歳若返ってる!?」


鏡の前で叫んだのは、とある伯爵夫人だった。 彼女の手には、ベルン商会が売り出した『聖女の化粧水(リペア・ローション)』が握られている。 シワやシミが消え、肌にハリが戻っているのだ。


「奥様、それだけではございません。こちらのフライパンをご覧ください」 ベルンが実演販売を行う。 「どんなに焦げ付いても、一拭きで元通り! しかも熱伝導率が完璧なので、料理の味が三割増しになります!」


「買うわ! いくらなの!?」 「金貨一枚……と言いたいところですが、新発売記念で銀貨五枚です!」 「安すぎるわ! 全部ちょうだい!」


市場はパニック状態だった。 ベルンが持ち込んだ「リペア・ブランド」の商品は、瞬く間に売り切れ、噂が噂を呼んで行列ができた。


冒険者ギルドでは、「リペア製のポーション」が奪い合いになっていた。 「おい、このポーションすげぇぞ! 腕の傷が一瞬で塞がった!」 「教会の神官にかけてもらうより効くじゃねぇか!」 「しかも値段が教会の寄付金の十分の一だぞ!」


武器屋では、騎士たちが既存の剣を投げ捨てていた。 「なんだこの『黒鋼の剣』は……! 鉄斬りをしたのに刃こぼれ一つしねぇ!」 「王都の鍛冶師は何をしてるんだ! こんな業物が、なんで辺境の商人から流れてくるんだ!」


王都に、静かなる革命が起きていた。 『修繕バブル』である。 圧倒的な「品質」と「価格」の暴力が、王国の既存産業を駆逐し始めていたのだ。


貴族たちはこぞってリペア製品を求め、夜会では「リペアの新作を手に入れたか」がステータスになりつつあった。 彼らはまだ知らない。 その商品を作っているのが、彼らが「ゴミ捨て場」と蔑んでいた場所であり、かつて自分たちが追放した者たちであるということを。


◇ ◇ ◇


王城、大臣ゲオルグの執務室。


「……どういうことだ!!」


ゲオルグの怒号が響き渡った。 机の上には、市場調査の報告書と、売り上げが激減した王家御用達工房からの悲鳴のような陳情書が散らばっている。


「なぜだ! なぜ黒騎士団を派遣したのに、何の連絡もない! それどころか、北から謎の高品質商品が大量に流入してきているだと!?」


部下が青ざめた顔で答える。 「は、はい……。黒騎士団との連絡は完全に途絶えました。全滅したか、あるいは……」 「馬鹿な! あの最強の騎士団が全滅だと!? 相手はただの修理屋と、落ちこぼれの聖女だぞ!?」


ゲオルグは爪を噛んだ。 焦りがあった。 黒騎士団を私的に動かしたことは、まだ国王には伏せている。 だが、このままでは隠しきれない。 市場の混乱は、いずれ国王の耳にも届く。


その時、執務室のドアがノックもなしに開かれた。


「し、失礼します大臣! け、警察局から緊急の報告が!」 「なんだ騒がしい! 今は忙しいんだ!」 「そ、それが……市場で出回っている『謎の商品』の出処が判明しました! 北の『廃棄指定区画』……通称ゴミ捨て場から運び込まれていると!」


「……なんだと?」


ゲオルグの動きが止まる。 部下は続けて、絶望的な情報を告げた。


「さらに、商人たちが持ち帰った情報によりますと……あそこには今、巨大な城壁に囲まれた都市が存在し、自らを『リペア王国』と名乗っているそうです!」


「王国……だと……?」


ゲオルグは腰を抜かしそうになった。 ゴミ捨て場の管理人が、国を作った? しかも、王都の経済を脅かすほどの商品を生産している?


「お、おのれ……アルトォォォ!!」


ゲオルグは理解した。 これは単なる反乱ではない。 自分の地位、財産、そして王国そのものを飲み込もうとする、巨大な「毒」が回り始めているのだと。


「……国王陛下には?」 「まだ、正式には伝わっておりません。ですが、王女殿下が『この化粧水、すごく良いわね。どこで作っているのかしら』と興味を持たれており……時間の問題かと」


「いかん! 王に知られれば、私の責任問題になる! 『勇者を追放した件』も、『黒騎士団を全滅させた件』も、すべてが明るみに出る!」


ゲオルグは血走った目で部屋を歩き回った。 もう、正規軍を動かす権限はない。失敗続きの自分に、軍部は従わないだろう。


「……こうなれば、手は一つだ」


彼は机の引き出しから、古びた通信機を取り出した。 それは、王国が禁忌としている「裏の組織」……教会の異端審問官へと繋がるホットラインだった。


「『聖女セレスティアは、悪魔に魂を売って魔女になった』……そう教会に吹き込んでやる」


ゲオルグは昏い笑みを浮かべた。 「異端認定されれば、全大陸の信徒が敵になる。教会の『聖騎士団』と『処刑人』が動けば、あんな新興国など灰にできるはずだ……!」


腐敗した権力者は、保身のために最悪の選択をした。 彼は神の力を利用しようとしたのだ。 それが、本物の神(聖女)を怒らせる自殺行為だとも知らずに。


◇ ◇ ◇


一方その頃。リペア王国。


「くしゅん!」


セレスティアが可愛らしいくしゃみをした。


「どうした? 風邪か?」 俺が心配して声をかけると、彼女は首を振った。 「いえ……なんだか、すごく嫌な気配がしたんです。昔、教会にいた頃のような、ねっとりとした視線を感じるような……」


「教会か」


俺は作業の手を止めた。 セレスティアは元々、教会のシンボルだった。彼女を追放したのは勇者パーティだが、それを黙認したのは教会の上層部だ。 彼らが、セレスティアが力を取り戻したと知ったら、どう動くか。


「まあ、大丈夫だろ。神様だって、今のセレスティアの方が楽しそうだって言うさ」 「……ふふ、そうですね。アルト様という神様がいますから」


セレスティアは俺の腕にギュッと抱きついてきた。 最近、彼女のスキンシップが激しい。 というか、距離感がバグっている。


「アルト様、休憩しませんか? 新しいお茶菓子を焼いたんです」 「お、いいな」 「あーん、してください」 「いや、自分で食えるから」 「ダメです。これは『アルト様に食べさせたいクッキー』という名前なんです」


……幸せな悩みだ。 だが、この平和な日常を守るためには、まだまだ準備が必要だ。


「エライズ、例の『対空迎撃システム』はどうなってる?」 俺はインカムで尋ねた。


『稼働率95%よ。聖騎士団のグリフォン部隊が来ても、ハエ叩きみたいに落とせるわ。……でも、もっと面白いものを作ったの』


「なんだ?」


『転移門(ゲート)よ』


俺は椅子から転げ落ちそうになった。


「は? 転移門って、あの伝説の?」 『ええ。廃棄場にあった古代遺跡の残骸を解析して、貴方のスキルで回路を『修繕』したら繋がっちゃった。……まだ座標は不安定だけど、理論上は世界のどこへでも一瞬で行けるわ』


とんでもないものが直ってしまった。 移動革命だ。これがあれば、物流も軍事も別次元になる。


「……エライズ、お前やっぱり天才だな」 『ふん、当たり前でしょ。……褒めるなら、もっと具体的なデータで褒めてよね』


照れ隠しの罵倒が返ってくる。


俺は立ち上がった。 転移門、強力な経済圏、そして最強の仲間たち。 リペア王国は、着実に「世界一」への階段を登っている。


「さて、次はどんな『壊れたもの』が来るかな」


俺は窓の外、広がり続ける自分の国を見渡した。 どんな敵が来ても構わない。 壊れているなら直すし、直せないなら――リサイクルしてやるだけだ。


その時、遠くの空から一羽の白い鳥が飛んできた。 教会の伝令鳥だ。 その足には、赤い封蝋がされた手紙が結ばれていた。


手紙の内容は、シンプルだった。


『異端者アルトおよび魔女セレスティアへ告ぐ。  神の名において、貴様らの罪を裁く。  一週間後、異端審問官が「浄化」に向かう。  抵抗すれば、神罰が下るであろう』


俺はその手紙を読み、鼻で笑った。


「神罰、ねぇ」


俺の手の中で、手紙が青い炎となって燃え尽きる。


「あいにくだが、うちの聖女(セレスティア)の方が、あんたらの神様よりご利益があるんでね」


教会との全面戦争。 それは、リペア王国が真に世界から認められるための、最後の試練になるはずだった。


「全員、戦闘準備だ。……今度は『神様』の修理をするぞ」


俺の号令に、仲間たちがニヤリと笑って応えた。

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