第8話
「警告。生体反応多数。距離、北西3キロ。……ふふ、やっと来たわね、実験台(モルモット)たちが」
リペア領の朝。 監視塔に設置されたスピーカーから、エライズの弾んだ声が響き渡った。 彼女は徹夜で監視システムを構築していたらしい。カフェイン中毒の科学者はタフだ。
俺、アルトはパンを齧りながら、セレスティアとレイシャを連れて城壁へと上がった。
「来たか」
眼下に広がる荒野の向こう。 赤茶けた大地を黒く塗りつぶすように、一つの軍団が迫ってきていた。
全身を漆黒のフルプレートアーマーで覆った騎兵隊。 彼らが乗っているのは馬ではない。黒い装甲に覆われた軍用魔獣『装甲地竜(パンツァー・ドラゴン)』だ。 地響きを立てて進軍するその姿は、まさに動く鉄壁。 掲げられている旗は、王国の国旗ではなく、交差した処刑鎌の紋章。
「『黒騎士団』ですね」 セレスティアが嫌悪感を露わにして呟く。 「王国の裏仕事を専門とする処刑部隊です。要人の暗殺、反乱分子の抹殺……。彼らが通った後には、草一本残らないと言われています」
「へえ、物騒な連中だな」 「数はおよそ三百。……だが、ただの兵ではないな。個々の魔力が異常に高い。それに、統率が取れすぎている」 レイシャが目を細める。 確かに、彼らの行軍には一糸の乱れもない。まるで機械仕掛けの人形のようだ。
「三百騎か。勇者パーティ(笑)とはレベルが違うな」
俺は城壁の縁に手をかけた。 門の前では、ガロウ率いる亜人警備隊が盾を構えて緊張している。 彼らの装備は、俺が『修繕・強化』したミスリル合金製だ。性能では負けていないが、相手は殺しのプロ。正面衝突すれば被害が出るかもしれない。
「みんな、無理はするなよ。うちは『安全第一』がモットーだ」
俺が通信魔導具(インカム)で指示を飛ばすと、すぐにエライズから返答があった。
『了解よ、マスター。……でも、私の可愛い自動防衛システムのテストくらいはさせてよね?』 「街に被害が出ない範囲ならな」 『交渉成立(ディール)。じゃあ、歓迎会を始めましょうか』
◇ ◇ ◇
黒騎士団の団長、ザイドは兜の奥で冷笑していた。
「ここが報告にあった『反逆者の砦』か。……フン、無駄に綺麗な壁を作りおって」
眼前にそびえる白亜の城壁。 そして、その奥から漂ってくる豊かな魔力の気配。 大臣ゲオルグの言う通り、ここには何かとてつもない「お宝」があるに違いない。
「総員、聞け! この砦にいる者は全て反逆者だ! 女子供に至るまで、一人残らず始末せよ!」
ザイドが剣を振り上げる。
「ただし、技術者と財宝は確保しろ! 抵抗するなら手足を斬り落としてでも連れて行け! 蹂躙(じゅうりん)開始!」
「「「オオオオォォォッ!!!」」」
三百の騎士たちが、獣のような咆哮を上げた。 地竜が加速する。 重量級の戦車が三百台、同時に突っ込んでくるようなものだ。普通の城門なら、一撃で粉砕されるだろう。
「死ねぇぇぇ! ゴミくずどもがぁ!」
先頭の騎士が、城壁まであと五百メートルに迫った、その時だった。
『――ようこそ、地雷原へ。』
無機質な女の声が、風に乗って聞こえた気がした。
カチッ。
地竜の足元で、何かが起動する音がした。
ドォォォォォォォォン!!!
大地が爆ぜた。 一度ではない。連鎖的に、騎士団の進路上が次々と爆発していく。
「な、なんだ!? 魔法攻撃か!?」 「いや、地面が……爆発してやがる!」
エライズ特製『錬金地雷』。 廃棄された「火炎石」と「衝撃石」を粉末状にし、圧力感知式に『修繕(結合)』させたものだ。 単純な破壊力だけなら上級魔法に匹敵する。
「ぐあぁぁぁッ!」 「隊列が乱れる! 止まれ、止まれぇ!」
吹き飛ばされる地竜と騎士たち。 だが、ザイドは動じなかった。
「怯むな! ただの罠だ! 防御陣形! 魔力障壁を展開して突っ切れ!」
さすがは精鋭。 即座に騎士たちが魔力を同期させ、部隊全体を覆う青白いドーム状の障壁を展開した。 爆風が障壁に弾かれる。
「ハッ! 小賢しい真似を! この程度の爆発で、我ら黒騎士団が止まると思うなよ!」
ザイドは勝ち誇ったように笑い、スピードを上げた。 地雷原を突破し、城門まであと百メートル。
「門を壊せ! 中に入ればこちらのものだ!」
彼らが勝利を確信した瞬間。 城壁の上から、白い影が飛び降りてきた。
ズドォン!!
着地の衝撃で、先頭集団の動きが止まる。 砂煙の中から現れたのは、二本の剣を携えた、一人の少女だった。
「……ここから先は、通行止めだ」
剣聖レイシャ。 彼女はたった一人で、三百の軍勢の前に立ちはだかった。
「女一人だと? 舐められたものだな! 轢き潰せ!」 ザイドが号令を出す。 先頭の騎士が槍を構え、地竜ごとレイシャに突撃した。 重量数トンの質量攻撃。
だが、レイシャは動かない。 衝突の直前。 彼女の右手が閃いた。
「『一ノ太刀・凪(なぎ)』」
ヒュンッ。
音が消えた。 次の瞬間、突撃してきた地竜と、その上の騎士、そして彼らが展開していた「鉄壁の魔力障壁」までもが―― 真っ二つに両断され、左右に分かれて崩れ落ちた。
「……は?」
ザイドの思考が停止する。 魔力障壁ごと? フルプレートアーマーごと? バターのように?
「な、なんだ今の斬撃は……! 貴様、何者だ!」 「我が名はレイシャ。主殿の剣にして、この領地の門番だ」
レイシャは黒剣『黒竜』を肩に担ぎ、獰猛に笑った。
「さあ、かかってこい。まとめて斬るのも面倒だ。一列に並んでくれると助かるのだが」
「ふ、ふざけるな! 総員、囲め! 魔法で焼き殺せ!」
騎士たちが散開し、四方八方から魔法の詠唱を始める。 炎、雷、氷の刃が、レイシャ目掛けて殺到する。
「無駄ですよ」
今度は、城壁の上から澄んだ声が響いた。 聖女セレスティアだ。 彼女が杖を軽く振ると、黄金色の光がレイシャを包み込んだ。
「『聖域・絶対防御(サンクチュアリ・シールド)』」
ドガガガガガッ! 無数の攻撃魔法が着弾するが、光の膜に触れた瞬間、水滴のように弾け飛ぶ。 傷一つ付かない。
「な、なんだあの硬さは!?」 「あの女、まさか追放された聖女か!? なぜこんな辺境に!」
「よそ見をしている暇があるのか?」
レイシャが踏み込む。 狼が羊の群れに飛び込むようなものだった。 蒼剣『蒼月』が閃くたびに、騎士たちの鎧が紙切れのように切り裂かれ、武器が粉砕される。
「ぐあああ!」 「足が、腕がぁぁ!」
「安心しろ、峰打ちだ(鎧の上から骨を砕きながら)。主殿が『後で労働力にするから殺すな』と言っていたのでな」
殺戮ショーというより、解体ショーだ。 黒騎士団の誇る精鋭たちが、赤子の手を捻るように無力化されていく。
「ば、馬鹿な……! ありえん! こんな戦力が、なぜ報告にない!」
ザイドは恐怖した。 このままでは全滅する。 彼は懐から、大臣ゲオルグより託された「切り札」を取り出した。
「ええい、こうなれば手段は選ばん! 起動せよ、『黒の狂戦士(ブラック・ベルセルク)』!」
彼が指輪に魔力を込めると、騎士たちの鎧が一斉に赤黒く発光し始めた。
「ガ、アアアア……!」 「コロス……コロス……!」
騎士たちの様子が一変する。 苦痛の声が獣の唸り声に変わり、折れた腕で剣を握り直し、立ち上がる。 彼らの目からは理性が消え、ただの殺戮マシーンと化していた。
「ほう、強制強化か」 城壁の上で見ていた俺、アルトは眉をひそめた。
「あの鎧、ただの防具じゃないな。着用者の精神を蝕んで、恐怖心を消し去り、筋力を限界まで引き出す呪いが組み込まれている」 「趣味が悪いですね」とセレスティア。「兵士を使い捨ての駒としか思っていない証拠です」
ザイドが高笑いする。 「ハハハ! これぞ黒騎士団の真骨頂! 痛みを感じず、死ぬまで止まらない不死身の軍団だ! さあ、その女を肉塊に変えてしまえ!」
理性を失った騎士たちが、ゾンビのようにレイシャに群がる。 斬っても斬っても、痛みを感じずに突っ込んでくる敵。 さすがのレイシャも、数を頼みに押し包まれれば分が悪い。
「ちっ、鬱陶しい! ゾンビごっこなら墓場でやれ!」 レイシャが剣で薙ぎ払うが、彼らは止まらない。
「エライズ、解析は?」 俺はインカムで尋ねた。
『完了よ。あの鎧の動力源は、背中の紋章部分にある魔石ね。そこから神経系に直接干渉する信号が出てるわ。……まったく、非人道的で非効率な設計ね。美しくないわ』
「同感だ。……よし、直すか」
俺は城壁から飛び降りた。 ふわりと風魔法で着地し、戦場の真ん中へと歩み出る。
「主殿!」 「下がってていいぞ、レイシャ。ここからは『修理』の時間だ」
俺は両手を広げた。 範囲は、戦場全体。 対象は、黒騎士団全員の鎧。
(対象:『黒騎士の呪鎧』×250) (状態:呪詛汚染、暴走モード、着用者への精神干渉) (実行:呪詛解除、機能停止、および……)
「――『広域修繕(エリア・リペア)』!」
パァァァァン!!
俺を中心に、清浄な白い波紋が広がった。 波紋は暴走する騎士たちを通り抜け、彼らの鎧に染み付いていた赤黒い光を洗い流していく。
バキンッ! バキンッ! 騎士たちの背中にある魔石が、次々と砕け散る音が響く。
「ア、アア……?」 「お、俺は……何を……?」
赤い光が消え、騎士たちが膝をつく。 強制的な興奮状態が解け、一気に疲労と、自分たちが置かれている状況への恐怖が戻ってきたのだ。
「な、なんだと!?」
ザイドが目を見開く。 最強の切り札である狂化機能が、一瞬で無効化されたのだ。
「き、貴様、何をした!」 「何って、メンテナンスだよ。その鎧、着用者に負担をかけすぎる欠陥品だったからな。呪いの回路を焼き切って、ただの『ちょっと重い鉄の塊』に直しておいた」
俺はザイドに向かって歩を進める。
「それに、お前の剣も、馬の装甲も、全部ボロボロじゃないか。手入れ不足だぞ」
「く、来るな! 化け物め!」
ザイドは剣を構えた。 その剣身には、禍々しい紫色のオーラが纏わりついている。 『魔剣グラム』の模造品。触れたものを腐らせる呪いの剣だ。
「死ねぇぇぇ!」
ザイドが剣を振り下ろす。 俺はそれを避けもせず、素手で――その刀身を掴んだ。
ジュッ! と音がして、腐食の呪いが俺の手を侵そうとするが、俺の『修繕(自己再生)』スピードの方が速い。
「うわっ、汚いな。サビだらけじゃないか」
「ば、馬鹿な! 魔剣を素手で!?」
「こんな危ないもの、子供が触ったらどうするんだ。安全基準(セーフティ)を満たしてないぞ」
俺は掴んだ剣に魔力を流し込んだ。
「――『修繕・無害化(リペア・セーフティ)』」
キィィィン!
魔剣から紫色のオーラが霧散する。 ドス黒かった刀身は、ピカピカの銀色に変わり、刃は丸くなり、切っ先には安全カバーのような丸みがついた。 それはもはや、演劇用の模造刀(刃引き済み)だった。
「あ……あ……」
ザイドは、手の中にある「無害になった剣」を見て、腰を抜かした。 戦意喪失。 彼にとって、自分の力が通じないことへの恐怖は、死よりも深い絶望だっただろう。
「ひ、ひぃぃぃ! 助けてくれぇぇ!」
ザイドは剣を捨て、地竜から転げ落ちて逃げ出そうとした。 だが、その背後に影が落ちる。
「逃がすわけないでしょ? 貴重なサンプルなんだから」
ぬっと現れたのは、作業用ゴーレムに乗ったエライズだった。 彼女の手には、怪しげな注射器が握られている。 そして反対側からは、殺気満々のレイシャと、笑顔だが目が笑っていないセレスティア。
「チェックメイトだな」
俺はザイドを見下ろした。
「さて、団長さん。君たちには、やったことの責任を取ってもらう。具体的には、壊した地面の修復、消費させた地雷の弁償、そして……精神的苦痛を与えた慰謝料だ」 「そ、そんな……俺は王国の騎士だぞ! こんなことが許されると……」 「許されるさ。だってここは、王国の法律が及ばない『ゴミ捨て場』なんだから」
俺は冷たく言い放った。
「ゴミとして捨てられたなら、リサイクルされる覚悟くらいしておけ」
◇ ◇ ◇
戦闘は、十分とかからずに終了した。 リペア領側の被害はゼロ(地面の穴と地雷の消費のみ)。 対して黒騎士団は、全員が捕縛され、武装解除された。
彼らは武装を剥がされると、ただの怯えた男たちだった。 中には、王国の命令で無理やり徴兵された者も多く、呪いの鎧から解放されたことで、俺たちに感謝して泣き出す者すらいた。
「……まさか、本当に勝っちまうとはな」
地下坑道の通気口からその様子を覗き見ていた勇者グレインは、ガタガタと震えていた。 王国の精鋭部隊が、赤子の手を捻るように制圧されたのだ。 彼は悟ってしまった。 (もう、王国には帰れない。ここが……ここだけが、世界の中心になっちまうんだ……)
彼は静かにツルハシを握り直し、誰に言われるでもなく作業に戻った。 真面目に働いて、少しでも罪を軽くしよう。 そう本気で思い始めた瞬間、彼の首輪の電流が少しだけ弱まったことに、彼はまだ気づいていなかった。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時。 広場には、大量の「戦利品」が積み上げられていた。 三百着のフルプレートアーマー、三百頭の地竜、そして大量の武器。 これらを『修繕・リサイクル』すれば、リペア領の戦力はさらに跳ね上がる。
「アルト様、捕虜の尋問が終わりました」 セレスティアが報告に来た。 「どうやら今回の襲撃は、大臣ゲオルグの独断専行のようです。国王陛下は、まだこの事態を正確に把握されていないとか」
「なるほど。ゲオルグ大臣か……」 俺は名前を記憶した。 勇者たちの予算を中抜きし、今回の襲撃を指示した黒幕。 どうやら、次に『修繕(断罪)』すべき相手が決まったようだ。
「それと、ザイド団長ですが……エライズさんの実験室に連れて行かれました。『脳の恐怖中枢を解析する』とか言ってましたが……」 「……まあ、死にはしないだろう。たぶんな」
俺は広場に集まった住民たち――亜人、難民、そして今回降伏して仲間になった元騎士たちを見渡した。 人数は五百を超えようとしている。 もはや、ここは単なる集落ではない。
俺は瓦礫の上に立ち、高らかに宣言した。
「みんな、聞いてくれ!」
ざわめきが収まり、全員の視線が俺に集まる。
「今日、俺たちは王国の理不尽な暴力に勝利した! だが、これで終わりじゃない。彼らはまた来るだろう。もっと大きな力を持って」
不安げな顔をする者もいる。 だが、俺は力強く続けた。
「だから、俺は決めた。ここを、ただの『ゴミ捨て場』ではなく――誰にも侵されない、独立した『国』にする!」
オオオオォォォ……! どよめきが歓声に変わっていく。
「捨てられた者たちが、互いに助け合い、笑って暮らせる場所。壊れたものを直し、何度でもやり直せる場所。……国名は『リペア王国』だ!」
「「「アルト王万歳! リペア王国万歳!」」」
割れんばかりの歓声が、夕闇の荒野に響き渡った。 セレスティアが、レイシャが、エライズが、俺を見て誇らしげに微笑んでいる。
こうして、世界で一番小さな、しかし世界で一番「頑丈」な国が誕生した。 だが、建国宣言は宣戦布告と同義だ。 腐敗した王国との全面対決は、もはや避けられない未来となっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます