Pride and Preference 2
返すべき返信を書き終えると、ジリンは再びねぐらへの道をたどり始めた。が、その前にやるべき日課があった。
一度尾根に出、先ほどの崖と反対方向の山の斜面を見下ろす。そこには、紅葉に彩られている他の方角の眺めとは全く異質な、およそ豊かな自然の息づかいとは相いれない存在が、南に面した山肌全体を占拠していた。異様に細くて均一な太さの無数の柱が立ち並び、その柱の上にやや傾いた角度で、これまた異様に均一な形と大きさの、無数の黒い板切れが乗っかっている。ぱっと見た感じでは、山体の半分に巨大なウロコが生えて逆立っているかのようである。
虫や小動物の類が異様に少ないその区画は、その四囲を凍りついた蜘蛛の巣のような壁で囲いこんであり、クマの身ではウロコの群れの中に一歩も踏み入ることが出来なかった。
また、その場所は潤いに乏しく、おかしな熱気が四六時中立ち込めていた。冬に向かいつつある晩秋のこの時期でも、朝から青空が広がる晴天時には、その区画一帯で炎天下の真夏のように陽炎が立ち昇ったりもする。
言うまでもなく、そこにそのような区画があるということは、森の動物たちの棲家が大きく削られるということでもある。緩やかな山腹の南側だ。もし自然なままの山肌であったならば、生きものたちにとってどれだけ豊かな恵みになったことか――これすなわち、どれほどまでに大きなものが、生きものたちから奪われたことか。
けれども尾根の上のジリンは、黒いウロコの群れにことさらに憎々しげな視線を向けるわけでもなく、平素と比べて特に変化のないことを確認すると、「ふん」と一つ鼻を鳴らしただけでその場を離れた。まるで、必要以上に関わる時間そのものが惜しい、とでも言うように。
尾根を越えてしまうと、そこはもう谷の下までジリンのテリトリーだ。一見それまでの森と違いはないが、ジリンの住まいであるほら穴の周囲は、樹木がまばらな割に草丈もそう高くはなく、地形もなだらかで、どうかすると森の動物たちを招いて集会なり宴会なりやってやれないことはなさそうな、広場のような地形になっていた。
そして、その〝広場〟のそこここには、小さな丸っこいものがあちこちに転がっていた。というか、丸い塊で広場全体が敷き詰められている、と表現しても大げさではない。
全部、フン、である。クマのものだけではなく、キツネやサルや、その森にいるあらゆる動物のものが入り混じっている。
ほら穴へ向かう道を少しそれ、ジリンは出来たてと見えるフンの一つに近寄り、顔を寄せてそのありようをじっくり賞味した。佇むこと五分少々。少し難しい顔を続けていたジリンは、ふっと表情を緩めると、その場でコメントの作成に取り掛かる。
ジリン
まさかのどんでん返しですね!
外見と中身がこれほど違うフンも珍しい 笑。
いかめしくどっしりした重量感でフェイントをかけつつ、すっきり爽やかな解放感に満ちたこの後半部はどうでしょう。
というか、これでまだ連載の中盤ってどういうことなんだ w
連日これほどのクオリティでブツを出し続けていることには頭が下がります。次回も楽しみにしておりますので。 ☆☆☆継続中
「よしよし」
一つ頷くと、次に近くの別の〝出来たて〟に向かい、同じように時間をかけて鑑賞し、コメントを書く。時に悩まし気に、時に気遣いの表情を浮かべながら、それでもそれぞれのフンを存分に堪能しつつ、ジリンがルーティーンの作品をおおむね確認し終えた頃には、いくらか太陽が傾き始めた頃合いだった。
ふと、ジリンが視線を少し先にやると、見慣れない印象の新手が出現しているのが目についた。いや、見慣れない新手のフンなど、そのへんにいくらでも転がっている。だが、特に興をそそられない傾向のものまで手を出していたらきりがない。目をつけるなら、明らかに「これは」と思われるようなオーラを放っているものに限る。
そのフンは、その種の判定ギリギリと言った感じの出来具合だった。とはいえ、いずれも一見で目に入る諸元からの印象であり、中身は試してみるまで分からない。
さんざん逡巡してから、まあ定期的に新しい傾向にも接しておかなければな、などと言い訳っぽく考えもしたので、おもむろにその新手のフンに近寄り、顔を寄せる。
が、ものの数分でジリンは一気に表情を険しくすると、ほら穴の中で控えているこの件の責任者へ向け、乱暴な声を上げた。
「おい! 執事! これは何だ!?」
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