矜持と嗜好
湾多珠巳
Pride and Preference 1
突堤のようにとんがった崖の上で、ジリンは長い間、目の前に広がる風景に見入っていた。
季節は晩秋。視界の全てが鮮やかな紅葉で埋め尽くされていた。広葉樹林が広がっている山並みは、秋晴れの陽光の下で全体が燃えているようだ。
見たところ、近くでジリンのように絶景を満喫している者は見当たらない。ツキノワグマが我が物顔で崖に鎮座ましましているのだから、あえて近寄る野生動物がいないのは当然かもしれないが、これほどの自然美を語り合う者が誰もいないというのはいささか物足りない気分だった。いくらクマの本能に忠実な振る舞いをしているからと言って、紅葉を愛でに現れたウサギやリスをなぶり殺しにするような不粋な真似をするわけがないではないか。
(といって、その態度をおおっぴらにアピールするなんてのは、さすがに、な)
まあ、自分の感知できない場所で、森の動物たちはそれぞれ秋を楽しんでいるのかもしれない。だが、現状この景色は自分が独り占めしている状態だ。これは、視線の関係としては、自分が大自然を支配していることになるのか、それとも大自然に奉仕していることになるのか?
(む? これは一つ出せるかな?)
実存主義哲学っぽい命題を適当にこねくり回していると、久しぶりに作品が形になりそうな気がして、そのままジリンはじっとその時を待った。いささか衒学的な前振りに続き、山々とクマたる己自身との疑似恋愛的なつながりについて考え、ついで山並みの美麗さへ熱烈な賛辞を思い浮かべ、次第にその熱愛がこじれていく様を想起する。なかなかいいぞ。甘やかで狂おしい、閉じた心理世界の幻想譚。このまま、このまま――
お、と思った時は、腰の内奥に確たる感触が生じていた。その固まりはじわじわと腸管を下り、しっかりした量感を発散しつつ、その末端へ。
ふお、と括約筋を拡げた瞬間に、あっけなくそれは宙へ飛び出、わずかな滞空の後、どすっと地面へ落ちた。体の向きを百八十度入れ替えて、その温かい生成物に顔を寄せる。
「うむ」
きれいなまとまった形にこそならなかったが、おおむね統一的なシンメトリー構造で、少しクセのある香りと言いほどよい量と言い、申し分のない仕上がりである。自分で自分のものを傑作だと呼びたくはないが、まあ控えめに言ってもなかなかの出来ではないか?
満足げに頷いて、ジリンは崖を後にした。木漏れ日の量が多くなっている森の中を通り抜け、シダの群生をかきわけてねぐらへの近道を進んでいると、さっそく旧知の仲間からメッセージが入ってくる。緑と赤と黄色に彩られた光景に重なる形で、視界の底にいくつもの文字列がスクロールされてきた。
はちみつ飴次郎
さっそく拝見しました! いつもながら、お見事なフンでいらっしゃる。甘苦いテイストにハードな触感、そしてこの分量! いや、たまりませんね。他ではなかなか見られない、本格派のフン。ありがとうございます。☆☆☆
つきのわーる一号
うーん、久しぶりのせいか、エンディングがちょっとばさついた感じ? でも幻想路線狙いならこんなもんかなとも。やっぱり何週間も溜めこんでるのはよくないよ 笑。毎日とは言わないけど、数日ペースで出してくれたらなあ。とはいえ、この感じは好きです。とても素敵なフン、次も期待してます。☆☆☆
血華@もふもふ同志会
結局テーマはNTRってことですか? きれいにまとまってるのはいいです。でも、あたしの好みだともっとよじれによじれて、腐臭を放ってるぐらいなのがいいかなw まあジリンさんのスタイルだと、これがベスト解だとは思うんで……また見せてください。☆☆
歩きながら書き込みをゆっくり賞味していると、自然に足さばきがステップを踏むような陽気なものに変じていく。ああ、自分は今機嫌がいいんだな、と思うと、ちょっとおかしくなった。
森の中での孤独なクマの生活も、これがあるからやっていけるのだ。なんてことを真正面から大声で叫ぼうとは思わないにしても、とにもかくにも、自分は今、幸せなひと時を過ごしている。
次はもうちょっとワイルドなフンにしてみようか、とさっそく新たな構想を練りつつ、ジリンはしばし立ち止まって、幸せな時間の続きに没頭し始めた。そんな必要はないのだけれども、ついつい分厚いグローブのような手で無意識的に文字キーを探りつつ、返事を打ち込む。
「コメントありがとうございます……と」
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