Pride and Preference 3

 執事、と呼ばれてほら穴の中から現れたのは、おどおどした様子のしょぼくれた中年男性だった。

 そう、人間である。

 湿気だらけの、せいぜいが直径一メートル少々の土のほらから出てきたというのに、どこも泥で汚れてなどおらず、それどころか全身おろしたてのような鳥打帽にワークキングパンツにベストと、なぜか猟師のスタイルで決めている。ご丁寧にも、肩にはショットガンらしきものまで担いでいた。

「お呼びでしょうか?」

「呼んだからお前、出てきたんだろっ? そういう認知症高齢者みたいな返し方、止めろ!」

 この言い方だとモラハラど真ん中だな、と思ったけれども、教育のためなので仕方ない。

「はあ、失礼を。では、どのようなご用件で?」

「この作品は何だ、この作品は! なんでこんなのが僕のセレクションの中に紛れ込んでるわけっ?」

「こんなのが、と申しますと?」

 キョドった態度の割には、しっかりした声音で平然と言い応えする猟師……ではなく、執事であった。ジリンは問題のフンが転がっている手前の地面を、爪がぎらつくクマの手のひらでばふばふと打ち付けながら、

「流れがめちゃくちゃなんだよ! タイトルが『愛のやめ活始めました』、これ見たら誰だって、恋愛ジャンルの、ちょっとおしゃれな軽い作品だと思うだろっ?」

「そうなんですか?」

「いや、そりゃコメディかビターテイストか、もしかしたらミステリーかもしれないけどさ。とにかく、おおまかには三十代以上の女性対象の、それなりにキャラ心理の機微に触れた、ストーリーテリング優先の物語だって期待するんだよ!」

「憶えておきます」

「なのに、最初から五十ページ進んでも、主人公の野菜作り日記がぐだぐだと続いてるだけって、何よこれ! どこに恋愛要素があるの!?」

「それから七十四ページ後に、ヒロインキャラが現れますが」

「犬だよ! 捨て犬だよ! 家出女子学生の比喩的なキャラじゃなくて本物の! おまけに、ヒロインったって名前を『ももか』にしたってだけだろうがよ!」

「主人公はももかさんの生活費を稼ぐために、慣れない金儲けに粉骨砕身し」

「してないしてない。そもそもがこれ、家と畑をどう処分して特老ホームに転がり込んでやろうかって画策してる、じいさんのただの生活記録なんだよ!」

「つまり、タイトルが内容にふさわしくないのが問題だと?」

「そこももちろんだけど、とにかく話全体が全っっっ然面白くないの! 野菜作りならお仕事小説風で、終活のノウハウならドタバタ日記風で、捨て犬とのふれあいならそれで、書きようがあるだろっ。どれとも違うんだよ! 題字とのミスマッチですらない! ただの駄文! 文章初心者のじいさんの、エッセイもどきの寄せ集めって言うかね。とにかく、どうレッテル貼ってもダメだから、これ」

「しかし、それと同様の傾向の作品を、ジリン様は過去に大きく評価なさっておいででしたが。ふわふわケロタン様の『どうせ、みんなケイ素になるんだ』とか、@Gataboro09様の『アレを拾ってお持ち帰りしてみたんだが、運営に怒られるので詳細は秘密な件』とか」

 はぁー、と大きく息を吐いて、ジリンはさりげなく視界の斜め右上にある赤い発光表示に目をやる。この執事の初期化ボタンである。ここをクリックすれば、このバカげた会話とはとりあえずおさらばできる。が、そういう短気なことを繰り返していたら、いつまで経っても〝執事〟が育たない。これが稼働し始めたのは、まだ三日前でもあるし。

 どのパラメーターが失敗だったのだろうか? 猟師の格好をさせてみたのがマズかったのか? クマが使役するエージェントユニットの外観としては、なかなかシャレが利いていると思ったのだが。

「お前、あのへんの作品とこれとを同等の内容に評価してるわけ? 文章の完成度が天地ほども違うよ」

「その場合の、『文章の完成度』の定義はどのような?」

「そもそもお前の中では、この凡作のどういう要素が大きなポイントになっとるんかね!?」

「はあ、やはり特筆すべきは、リアリティでしょうか。自然主義文学の極北とも言えそうなリアリズムですね。作家ご本人の自己紹介にもありますが、人生七十年を超えて初めて本気で執筆に取り組んだ方というプロフィールに沿った、拙く、単調で、迷走しっぱなしの支離滅裂さが、類例のないユニークさとして、迫真のリアリティを伴いつつ、迫ってくると申」

 ジリンはリセットを押した。




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