第6話 大バカ


 ◆ごめんなさい、ご主人様。配信をお休みします◆



 パソコンの前でメッセージを打ち込み ベッドに寝転んだ。


 ザー………。


 土砂降りのなか、あたしは学校に登校する。


「ねぇー、智花? 愛ノ原 はっぴぃちゃん、昨日 何も言わず配信を休んだらしいよ?」


「へぇー」


 知ってる。ぜんぶ――。


 ◆


 ――3日、4日、ずっと学院にもこず、配信も何も言わず休み―――


 ザー……。


 雨音がうるさい……。


 ザー………。


 雨音が毎日うるさい……。


 ザー…………。


 心の中も、外も、うるさいっ うるさいっ うるさいっ!


 ◆


 ピ ン ポ ――― ン 


「マリアはいますか?」


「いないわ、帰って頂戴」


 ピンポン ピンポン ピンポン ピンポン ピンポン!


「あっ、あなたねっ、ふざけないでェ! 退学にするわ――」


「 うるせぇ――ババア! あたしの親友を出しやがれェ! 」


 屋敷の扉が――バンと開き、あたしの親友が天使が――。


「智花!」


「マリア!」


 あたしたちは強く抱き締め合った。


「なんで来たんですか、バカぁ」


「うるさい、大バカ! あんたのためよぉ!」


 抱き締め合うあたしたちに、母親悪魔が近づいてくる。


「な、なんなのよ、あんたは……? うちの娘に何を吹き込んでいるのよ?」


 悪魔の言葉に怒り。


「ふざけるなッ! こんなに泣いてるのに、こんなに苦しんでるのに、何が『娘』だッ! あんたは母親じゃない、ただの大バカクソアマァよ!」


 わなわなと悪魔は震え。


「そ、そっちこそ ふざけないでェ! こんな子の母親なんかになりたくなかったわよ! なんで あんたなんて生まれてきたのよ! あんたのせいで 私がどれだけ苦しんできたのかわかる? あんたを一度だって―――」


 母親からの言葉に、マリアは涙をポロポロと流した。


「……ごめんなさい、お母さん……。生まれてきて、ごめんなさい……ごめんなさい……」


 泣き崩れるマリアをぎゅっと抱き締めた。


「ありがとう……」


「――っ!」


「生まれてきて、ありがとう……。あなたのファンは、みんなあなたのことを そう思っているわ……」

 

「 うわああああああああっ! 」


 泣き叫ぶマリアの頭を撫でる。


( ……本当にありがとう、あたしと友達になってくれて…… )


 悪魔母親は立ち尽くし――。


「……な、なんなのよ、あんたらは……。あたしの気持ちを少しも理解していないくせに……」


 身勝手な暴君に告げる。


「理解してるよ……。この子はあんたの気持ち、誰よりも理解してる。あんたはどうなの? あんたはこの子の気持ちを理解してるの? あんたのことをどれだけ愛しているか……ううん、違う」


 鋭く睨みつけ――。


「理解したうえで それを無視しているんでしょ? 無理やり絞り出すように この子を憎んでいるんでしょ?」


「…………」


 複雑な表情で立つ尽くす母親に想いをぶつける。


「この子はね、あたしを含めてたくさんの人を幸せにしてるんだ! 子供1人 幸せにできないあんたには もったいない娘よ!」


 マリアはぎゅっとあたしにしがみついた。


「もう、この子を傷つけないで! この子は誰よりも幸せになっていい子なの! あんたがいらないなら あたしが奪って幸せにしてやるわッ!」


 あたしから離れてマリアは、真剣な表情で母親と向き合った。


「……お母さん、わたしはどんなことがあっても あなたを愛しています。でも、どうか わたしにvtuber活動をさせてください。お母さんと同じくらいに大事なものができたんです。お願いします……」


 深く頭を下げたマリアに、母親は暗くうつむき。


「……出て行きなさい……。この家から出て行きなさい……。そんな訳のわからないモノを続けたいなら、私の前から消えなさい……」


「………」


 マリアはそっと、暗くうつむく母親に触れようと指先を伸ばす。


「――近づかないでェ! もう、私の前に現れないでェ! お金ならいくらでもあげるから出て行って!」


 茫然とするマリアの肩を叩き、


「……帰ろう。あたしの家に……」


 車椅子を後ろから押した。


「……お母さん、どうか幸せになってください……。わたしのことなんて忘れて、幸せになってください……。どうかお願いします……」


 最後の言葉と涙を残して屋敷を出た。


 ◆


 1人残された母親はその場でへたれ込み。


「……本当に……あたしにはもったいない娘ね………」


 つぶやき、涙をボロボロと流した。


「お願い……。私なんか忘れて、幸せになって……お願い……ううぅっ」


 どうしようもない憎しみと愛情の葛藤のなか、湧き立つ衝動を抑え、娘の幸せを願った。


 ◆


 屋敷から出たあたしたちに向けて――雨が止んだ雲の隙間から 明るい陽射しが降りそそいだ。


 虹がかかる蒼空を見上げるあたしの前に『妹』が笑顔で立っていた。


  ――頑張ったね、お姉ちゃん――


  ――真由のおかげだよ――

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