第5話 悪魔と天使

 ◆


 ――放課後の美術室の前で脚を止めた。

 今日、彼女がここにいることは確認済みだ。


 ここにいるのは、違うと確信するためだ。

 あたしの親友だと確信するためだ。


 心の中で願い続けた。


 違いますように。違いますように。違いますように――と強く。


 呼吸を整え、ドアを開ける。


「あっ! 智花。今日も来てくれたんですね?」


 あたしの〇〇が笑顔で近づいてくる。


 心臓がバクバクと高なる。


 口が開かない。心が聞くことを拒否する。


「………あ、あなたが………」


「?」


 言うな 言え 言うな 言え 言うな 言え 言うな 言え 言うな 言え――――――


「あなたが vtuber愛ノ原 はっぴぃなの?」


 聞いてしまった……。

 彼女の時が止まり、真剣な眼差しで。


「……はい。私が『愛ノ原はっぴぃ』です……」


 初めて、あたしは地獄というものを信じた。

 絶望するあたしに告げられる。


「智花。わたしの家に来ませんか?」


 何故か――アリス・エーデルワルツの自宅に招かれてしまった。


 ◆


「へ、へぇー。ここで 配信してるんだ……」


 部屋に案内され 内装を見渡した。

 真っ白な部屋で パソコン以外に目立つ物がない。

 真っ赤な顔でモジモジしている。


「……初めてです……」


「え?」


「……初めて……友達を家に呼びましたぁ ……」

 

 笑顔がめっちゃ可愛い♡


「へ、へぇー。そうなんだ……」


 ヤバい。嬉しい。決意がぐらぐらと揺らぐ。


 思い出せ思い出せ思い出せ! 妹との誓いを! 


 どんな手を使っても、ナンバー1vtuberになるって誓ったでしょ!


 言え言え―――言えええええええええッ!


「な、なんで、あなたはvtuberになったの?」


 違うでしょ! そうじゃないでしょ! その質問は――。


「…………」


 沈黙してマリアは真剣な顔つきで。


「……リスナーに……愛をあたえたいからです。わたしに愛をあたえてくれた、黒条 切華さんのように……」


「…………っ」


 嬉しいぃ! 嬉しいよぉ! キタナイ手なんて使いたくないよぉ!


 でも、あたしは――あたしは―――


「……そ、その……智香……。配信みたいですか?」


「え?」


「……あなたのためだけに、配信をさせてください……」


 あたしの『敵』が『親友』が、熱い眼差しであたしを見つめている。


 はぴぃ はぴぃ はっぴぃー♡


 思わず心の中で叫んでしまった。


 まるで隠しているような場所から、配信機材を取り出した。


「はぴぃ♡はぴぃ♡ はっぴぃぃ♡智花♡」


 あたしのためだけに天使が配信してる。


 こんないい子を あたしは……。


 でも、あたしは最低でいい!


 言え言え言えっ! 妹との誓いを果たすために言え――――っ!


 あたしの人気が上になるまで、vtuner活動を自粛しろと――言え―――――


「ま、まり―――」


「 マ リ ア 」


 部屋のドアが開き、あたしの言葉がさえぎられた。


「お、お母さん……!」


 悪魔がこの部屋に降臨してしまった。


「……これは、何?」


 パソコン前の配信機材をキ゚ロリと睨む。

 マリアはふるふると震え――。


「……あ、あの……vtuberの……配信の……」


「……前に、やるなって言ったわよね?」


「……は、はい……」


 怯えるマリアをさらに鋭い視線で突き刺した。


「vtuberだっけ? よくわからないけど、そんなモノいますぐやめなさい。いいわね?」

 

「……わかりました……やめます……。ごめんなさい……お母さん……」


「あなたは、私の言う事だけ聞いていればいいの。なんで あなたなんて産まれてきたのかしらね……?」


「……ごめんなさい……」


 涙をポロポロと流している。


「……………」


 あたしはそれを、ただ無言で見つめている事しかできなかった。


 それからの事はよく覚えていない――。


 ――ガチャ。


 気づいたらあたしは自宅のドアを開けていた。


 どうやらあたしの願いは叶ってしまった というだけは分かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る