第3話 いじわる

 放課後の美術室で女子高生2人が、ゆるふわ会話を弾ませる。


「だよねぇー♪」


「ふふふっ♪」


「あそこもいいよねぇ、彼女♪」


「ふふふっ、ですねぇ♪」


 なに? このはっぴぃタイム?


 はぴぃはぴぃはっぴぃー♪


 思わずあたしの宿敵の常套句が 頭の中に流れ、心を幸せ色に染めあげる。


 ピンク色の幸せ空間のドアが、ガラッと開き――。


「あなた、まだいたの?」


 1人の生徒が嫌味な言葉を掛けてきた。


(あん? 誰じゃい? あたしの幸せタイムをジャマするメスブタは……!)


「ぶ、部長……」


( 部長? そういえば ここは美術部の部室だったっけ? 完全に忘れてた。もう天使の小屋でいいんじゃない? )


 メスブタじゃなく、部長が いぶかしげに、あたしの親友の前に立った。


「マリアさん、あなた そろそろここから帰ってくれない?」


( はァ? なに言ってんの、このアマァ? あたしの生涯の親友に向かって……! )


「迷惑なのよね、あなたがここにいると、部員も怖がって帰っちゃうし。理事長の孫ってだけで優遇されて。はっきり言うわ。迷惑よ、帰って頂戴」


(ヤバい……。ヒトを〇〇したいと思ったのは初めてのことかもしれない…… )


 車椅子を部長に向けて、生涯の親友は困った顔を浮かべていた。


「で、ですけど……お母さんに、ここで待っているように言われてまして………」


「お母さん? 校長のこと? ああ、ふ〜ん」


 ニヤニヤと嫌らしい顔つきで。


「ワタシ知っているのよ、あなたの『秘密』を。あなたが―――」


 親友の秘密を暴露しようとした部長のお尻に―――


 ――ズン。――と。


「ひぎぃぃ!」


 浣腸した。

 わなわなと怒りに震え。


「あ、あ、あ、あんた……な、な、な、なにしてんのよォォ!」


 顔を真っ赤にする部長に真顔でつげる。


「いじわるおばさん退治」


「ああッ! 誰がおばさんよッ!」


「じゃあ、将来有望な いじわるおばさん退治」


「あ、あんたッ、部外者でしょ! 出て行ってくれる!」


 人差し指で、マリアが描いた黒条 切華(あたし)の絵を指差した。


「あなたは、この子の『絵』に勝てるですか?」


「―――っ!」


「美術部員なんでしょ? なら、絵で決着を付けるべきなんじゃないんですか? ぶちょうさん」


「ぐっ! し、素人が……!」


「じゃあ、あたしと絵の勝負をしませんか? あたしが負けたら、あんたに浣腸したことを土下座して謝ります。でも、あたしが勝ったらこの子に謝ってください。あたしの大切な親友に……」


「…………っ」


 見てる見てる。ぐふふっ。あたしの好感度爆上がりぃー♪

 邪な心が表に出ないように表情をキリッとされる。


 美術部の部長は勝ち誇った顔で にやりと。


「面白いわね、いいわよ。制限時間は三十分。描いた絵を、廊下ですれ違う3人の生徒に見せて得票の多いほうが勝ち。それでいいでしょ?」


 あたしは生徒手帳を取り出し、ノート部分にペンを走らせる。


「?」


「ちなみに、これがあたしの画力です」


「――ッ!」


 見た瞬間、部長の顔が歪む。

 タイトル『ザ・意地悪ヘビおばさん』


「これでもあたし、漫画賞に応募して賞も取ったこともあるんですよ」( vtuner活動でも、お絵描き配信がメインコンテンツだしね…… )


「やりますか? 美術部の ぶ ち ょ う さん」


「ぐっ!」


 悔しさを露わに、顔を真っ赤にして走り去って行った。


「……………」


 ザマぁぁー! ベロベロばぁー! 


 ――って、冷静に考えると……。これってヤバくない……。


 顔を青ざめさせ、マリアに視線を動かす。


「あ、あははっ。ちょっと……やりすぎちゃったかな? あなたの ここでの立場を悪くしちゃったよね、ごめんね……」


 両手を合わせて頭を下げると、マリアは――。


「いえ、とても嬉しかったです……」


「えっ?」


 こぼした涙をぬぐっている。

 

「ご、ごめん、ほんとごめんねっ!」


 慌てふためくあたしに、天使の笑顔で。


「いえ、これは嬉し涙です。私の『マイフレンド』」


(ま、まい……!)


 ドキューン――と心臓を、天使の矢に射抜かれた。


「お、おう。まいふれんど……」( 良いぃ…… )


「漫画を描くんですね?」


 あたしの手に持つ生徒手帳に瞳を向ける。


「え? ま、まあ……ちょっとね……」


「漫画家を目指しているんですか?」


 一瞬、思考を迷わせる。


「……いまは……ちょっと目指してないかな……。いまは……別の夢を目指しているから……」


 笑顔でマリアは、あたしの手をぎゅっと握った。


「よければ 漫画のことを詳しく教えてくれませんか。お母さんに禁止されて、読んだことがないんです」


「えッ? いまどきそんな母親いるの? ひどくない? この時代に漫画禁止なんて『虐待』ものだよ」


 彼女の表情がフっと消え、暗くうつむき――。


「 虐 待 なんて されてません! 」


 怒鳴られてパニック状態になった。


「えっ? あっ? ご、ごめん……。そんなつもりじゃ……」


 あたふたするあたしに、彼女はハッと我に返り 頭を下げる。


「ご、ごめんなさい……」


 …………………。


 気まずい沈黙が流れ、マリアは顔を真っ赤にしてモジモジした。


「お、教えてくれませんか、漫画のことを……。読むのは禁止されても、聞くのは禁止されていませんから」


 天使の笑顔は、その場の雰囲気をピンク色に染めあげた。

 それからしばらく、あたしの幸福がフィーバすることになる。


「でさー♪」


「うふふっ♪」


「でさでさー♪♪」


「うふふふふっ♪」


 彼女と語り合う『黒条 切華』は、とても充実した時間で、あたしの心を満たしてくれた。


 永遠に この時間が続けばいいのに……。

 献身的な信者のように神に祈った。


 けど、その幸福の時間は、ある人物の登場によって崩壊する事になる。


「――マリア」


「お、お母さん!」


 誰かが部室に入ってきた。

 マリアにとても似ている。でも、天使のマリアとは違い、その雰囲気は真逆に感じられた。


「帰るわよ」


「は、はい……」


( ……この人が、マリアの……? )


「この子は?」


 ギロリと睨まれて、心臓が鷲掴みされたように息苦しくなった。


「きょ、今日……お友達になった、幸ノ鳥 智花さんです……」


「友達? そう、行くわよ」


「それじゃあ、智花、さようなら。また会いましょうね」


「うん、またね、マリア」


 屈託のない笑顔で部室から出て行った。

 そのあとを追う母親が、すれ違い様にあたしの耳元で囁く。


「ありがとう。あの子を『憐れんで』、友達になってくれて……」


「――っ!」


 衝撃で全身が硬直した。


「別に無理しなくていいのよ、じゃあね――」


 ポンポンと肩を叩いて 母 親悪魔は部室から姿を消した。

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