第2話 幽霊令嬢

 ◆


 学校の授業が終わり、放課後の教室で、あたしは『その言葉』を耳にする事になる。


「 『幽霊令嬢』が来ているみたいよ? 」


( 幽霊令嬢? )

 

 ――幽霊令嬢 マリア・エーデルワルツ――


 この学院の創始者であるマリアンヌ・エーデルワルツの孫。


 学院には ほとんど登校しておらず、その見た目により『幽霊令嬢』と呼ばれている。


( ……ふ〜ん……幽霊令嬢ね……? )


 好奇心にそそられて その姿を見るため、放課後の教室を出た。

 噂によれば、彼女は2年生で美術部に所属しているとか。

 階段を下り、一階の美術室の前で脚を止めた。


( さてさて、どんな子なんだろう? 面白い子なのかな? 寂しがり屋な子なのかな? それとも不気味な子なのかな? ひと目 見るだけで呪われるという酷い噂もチラホラあるし、興味がそそられるわねぇ……配信の良いネタになりそう…… )


 扉をわずかに開けた瞬間、隙間から凍えるオーラを感じて身震いした。


 硬直する身体を、すーはーと呼吸を整えほぐし、隙間から瞳をのぞかせる。


「……幽霊……令嬢……?」


 長い白髪で、車椅子に座りキャンパスに絵を描く彼女の姿は、まさしくその名にふさわしい。

 ――妖しく薄幸で朧げ――

 呪われるといった噂が出てもしょうがないと思える。

 でも、あたしが感じた印象は真逆だった。


 ――美しい幸運の女神―――


 感動とドキドキで、時が止まったように、キャンパスに絵を描きつづける彼女の真剣な横顔を見守った。


 描き終わったのか、筆を置いて、キャンパスに描いた自分の絵を見つめている。


「――っ!」


 彼女の蒼の瞳と、隙間からのぞくあたしの瞳が重なった。

 美しい美貌に、心臓がドックンドックンと高なる。

 微笑んだ彼女の姿に、あたしは初めて一目惚れというモノをしたかもしれない。


「あ、あたしと……『友達』にならない?」


 いつのまにか、美術室のドアを開けて彼女の前に立っていた。


「え……? よ、よろしくお願いします………」


 あたしの生涯の親友ができた瞬間だった。


 他に誰もいない美術室でお互い見つめ合い。


「私の名前は、マリア・エーデルワルツです。あなたは……?」


「こ、幸ノ鳥 千花です……」


 ………………………。


 気まずい沈黙が流れる。


( な、なにか話題……なにか話題………そうだ! )


「vtuberで、誰が一番好き?」 ( ――ばかあああぁ! あたしのバカあああっ! )


 自分の振った話題に涙する。


( え〜〜ん! あたし、なんて話題を出してるのよぉ……。どうせ決まってるぅ。『愛ノ原はっぴぃ』に決まってるぅ。え〜〜ん。あたしの生涯の親友に、アイツの名前を言われたら泣いちゃうよぉ〜。え〜〜ん! )

 

「 黒条 切華 さんです 」


( え〜〜ん。やっぱり、え〜〜ん……んんっ! )


「 え え え え え え え え ッ! 」


 大声でビックリしてしまう。


「い、いま……。いまなんと言いました……?」


 天使の笑顔で。


「 黒条 切華 さんです 」


「〜〜〜〜〜〜っ♡」


 初めて、あたしは天国の存在を信じた。


 そのとき、彼女がキャンパスに描いていた『絵』が瞳を焦がす。


 そこには――あの、超人気vtuberが描かれていた。


 華麗で儚く。

 この夜に存在する黒夜の薔薇。


 黒条 切華が、そこには描かれていた。


( おい、黒条 切華ァ! おまえが描いてあるぞぉぉ! うらやまっ――って、あたし じゃん! )


 どうやら、あたしは頭がおかしくなってしまったようだ。

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