第10話 影の残響
翌朝。
目を覚ますと、枕がじんわり濡れていた。
(……泣いてた……?)
夢の記憶はないのに、胸の奥だけがひどく冷たい。
制服に着替えて鏡を見ると、瞳の奥がほんの一瞬、
水面のように揺れた気がした。
(気のせい……だよね)
***
学校へ向かう道。
朝の騒がしさが、いつもより遠く聞こえる。
ふいに——
——すうっ。
冷たい気配が耳の奥に落ちてきた。
『……みずは……
さびしい……』
「っ……!」
振り返った瞬間、前を歩いていた女性のバッグが
“不自然な線で”裂けた。
まるで何かに切られたように。
瑞葉の指先に黒い影の揺らぎがふっとまとわりつき、すぐに消えた。
胸がズキッと痛む。
(また……)
そのとき。
「瑞葉!!」
背後から走ってくる足音。
振り返ると、暁(あきら)が息を切らしていた。
「……よかった、追いついた……」
胸で大きく息をしながら、眉を寄せる。
「たまたま後ろの方を歩いてたんだよ。
そしたら、お前の後ろ姿が視界に入って……
あれ?って思ってさ。」
あきらはすぐそばまで来ると、
ふらついた瑞葉を支えるように、
思わず腕へとそっと手を伸ばした。
「……おい、大丈夫かよ……?」
その瞬間——
バチッ。
静電気のような光が弾けた。
瑞葉の胸が、じんと熱くなる。
(……この感じ……)
一拍遅れて、あきらが小さく眉をひそめた。
「ん……? 今……胸の奥が変な感じ……」
胸に手を当てたりはしないが、
確かに“何かが触れた”ように戸惑っている。
(……あきらも、胸が……?)
瑞葉の胸はさらにズキッと痛んだ。
そのとき——
風がふわりと頬を撫でる。
『……瑞葉……
気をつけて……
“影”は、現実に触れ始めています……』
セラフィアの声。姿は見えない。
(影が……現実に?)
風が止むと、あきらが不安そうに覗き込む。
「みずは……ほんとに大丈夫かよ。
最近のお前、急に止まったり、苦しそうに息してたり……
昨日も倒れそうだったし。」
瑞葉は胸を押さえ、震える声で言った。
「……私……
何かに引っ張られてる気がするの……」
その言葉に、あきらの表情が強張る。
「……やめろよ。
そんなこと言うなよ……」
声がわずかに震えていた。
視線をそらし、絞り出すように続ける。
「お前……どっか行きそうで……
……見てるだけで……マジで怖いんだよ。」
瑞葉の胸が、きゅうっと締めつけられる。
(どうして……
こんなに優しいの……)
小さく息を整え、瑞葉はかすかに笑う。
「……大丈夫。
まだ……行かないよ。」
だが胸の奥はズキズキ痛み続ける。
その瞬間——
瑞葉の足元に、黒い波紋がふわりと浮かんだ。
「……っ!」
円が広がるように路面が歪む。
あきらには見えていない。
だが瑞葉の目には、はっきりと映った。
波紋はすぐに霧のように消える。
(……影が……
現実に入り込んでる……)
世界は静かに、確実に——
境界線を越え始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます