生徒会室
案内されてたどり着いた生徒会室はこれまたやはり木造だった。
木造ということにはもうなんの感慨深さもないけれど、森の中にぽつんとある童話の中の建物のような外観と立地にはとても心惹かれた。
目に見えてワクワクしていたのだろうか。
生徒会室の鍵を開け終えた先輩がこちらを見て言う。
「気に入ってくれたみたいで何より。いいでしょ、ここ。」
「すごくいいです。」
語彙力がなくなるくらいには、雰囲気というか空気が良かった。
校舎から離れて森の中にあるのもこの空気の良さを作り出しているのだろう。
先輩に引き連れられて、生徒会室の中に入る。
入口には靴箱と、中で履く用のスリッパがたくさんあった。
部屋の中には作業をするためのものであろう机とパイプ椅子。
机にはお菓子の空き缶に山のように詰められた筆記類の他に給湯ポッドが。
奥の壁にあるホワイトボードには去年までの生徒会の仕事の跡がまだ残っていた。
入口向かって右の壁にスライド式のガラス戸の棚。
棚にはたくさんの資料がファイリングされて収納されていて、この場所の歴史のようなものを肌で感じる。
左の壁には見るからにフカフカで座り心地の良さそうなソファ。
先に変な噂を吹き込まれたのもあり、意外としっかり仕事をするための場所なのだと考え直させられる。
考え直したのだから、資料の棚の隣の謎の三角コーンやボードゲームらしきもの、壁に貼られた漫画のポスターのことは追求しないでおこう。
息抜きだって必要だし。
遊んでばっかりの生徒会じゃないだろう、多分、きっと。
「まぁ、とりあえず椅子にかけてよ。私はソファ座るし。」
「じゃあ、失礼します。」
先輩の向かいの椅子に座る。
綺麗な人と二人きりなので変なテンションになってしまわないか注意している。
その結果無口なやつになってしまうのは、これまた僕の悪いところだろう。
ソファに座ったのになぜか再び立ち上がった先輩は棚の方に歩いていった。
ゴソゴソと何かを探しているみたいだ。
探し終えた後、こちらを向いて口を開く。
「まぁ、とりあえずこの紙に記入お願いしようかな。」
と言って先輩は棚から取り出した紙を僕の方に渡してくる。
紙には『生徒会執行部参入届け』と書かいてある。
記入欄には氏名、クラス、意気込み、質問、希望する役職、とあった。
上から順に埋めていって、手が止まる。
「この希望する役職って。」
「あぁ、そこは適当でいいよ。その紙も先代が作ったものを流用してるだけだし、あんまり意味はないんだ。」
やはり適当だと思った。
まぁそれくらいのゆるい感じのほうがあんまり気負わずに済みそうなのだが。
言われた通り役員とだけ書いて、ふと思った。
そういえばこの先輩、なんの役職についているのだろう。
こんなゆるい感じの人がまさか生徒会長なんて話、あるわけないけれど。
「これ、書き終えました。」
「ありがとう。こちらで管理しておきます。」
僕から受け取った紙を再び棚にしまい直して先輩はソファに座り直した。
今日はもうすることがないんだろうか、先輩はソファでくつろぎ始めてしまった。
初対面の人との沈黙も不得意とする僕は、一人この状況に耐えかねて、こちらから開くことの少ない口を開け、先程頭に浮かんだ疑問を投げかけてみることにした。
「そういえば先輩。」
下を向いていた目がこちらを見て、返事が帰って来る。
「なに、なにか用かな。」
「用、ってほどでもないんですけど、さっき紙に記入していたときに気になって。先輩って生徒会の役職何なんですか?」
おぉ、と言いながら手を叩き、先輩が笑顔になる。
「そういや、まだそれも言っていなかった。私の役職ね。」
「はい、何なんです?」
知りたい気持ちがはやって、身を乗り出してしまう。
しかし、次に開かれた先輩の口から出てきたのは僕が欲した答えではなかった。
こちらに笑いかけながら、先輩は言った。
「私がなんの役職か、当ててみてよ。暇だし、ちょうどいい、見事一発で当てることができればこの生徒会室に隠されたお菓子をあげよう。」
これは、ボケなんだろうか、それとも本気なのか。
先輩本人は至って真面目な顔でこちらを向いているので測れない。
なんとも難しい人だ。
僕はもうお菓子で喜ぶお年頃ではもうないんだけど、さてなんて返そうか。
「ちなみになんのお菓子なんですか?」
こんなつまらないことしか返せない自分が恥ずかしい。
食いしん坊キャラにでもなりたいのか。
「それも秘密だよ。先に言っちゃったらつまらないじゃない。まぁただの運試しだと思って適当に言ってみよう。」
さ、さ、と回答を促される。
「じゃあ...、せ、生徒会長で。」
「ピンポンピンポン!大正解だよ。運いいね。」
マジか、こんな人が生徒会長なのか。
想像していた生徒会のイメージというものが僕の中でどんどん崩れていってしまう。
「まぁ、私入学式で挨拶してたし知ってると思ってたけど。」
そう言いながらソファから立ち上がり、棚の方を漁っている先輩の方を向くことはできなかった。
…挨拶なんて微塵も聞いてなかったとは言えないな。
しかし先に知っていたら多分もっと緊張してまともに話すことが出来なくて、生徒会に入りますなんて流れで言えなかっただろうし、いいか。
棚を漁り終えた先輩は高そうなお菓子の箱を持っていた。
「それでは、ご褒美にこれをあげよう。」
そう言って先輩は箱の中身を見せてくる。
中身は和菓子の詰め合わせだった。
個包装された最中やせんべい、まんじゅうがたくさん入っていた。
どれも美味しそうなのだが、この中なら最中だろうか。
「どれでも好きなの取っちゃって。ここにおいておくのが悪いんだから。」
今の発言からするとこれは先輩の私物ではないような気がするのだが、細かいことはお菓子を頂いてから考えるとしよう。
「では、最中をいただきます。」
「最中いいね、私はおまんじゅうにしよっと。」
僕がお菓子の箱から最中を取り出し、食べようとしたとき先輩が慌てて僕の方を見て言う。
「忘れてた。庭瀬くん、お茶いらない?ここのお菓子すっごく美味しいから。今から作るからちょっと時間はいるけど。」
何から何まで気を使わせてしまって申し訳なくなる。
僕もせっかくなら美味しいお菓子と温かいお茶でいただきたいのでありがたいけれど。
「それじゃあ、お茶もいただきます。わざわざすいません。」
「了解。5分くらいでできると思うし、そのまま待ってて。」
そう言って先輩は机の上にあったポットでお湯を沸かし始めた。
時間を使って後輩のためにわざわざお茶を入れてくれる先輩となにかすることがないか、僕は頭を最大限使い思考を巡らせる。
暇つぶしとしてやるなら先程先輩がやったようにクイズだろうか。
それとも少ない時間でできるゲームだろうか。
どちらも絶妙につまらなくなってしまう未来が見えて、言うに言えなくなってしまう。
それじゃあ、こちらから先輩になにか質問をするのはどうだろうか。
これから一緒に生徒会の仕事をする上で先輩のことを知っておくのはいいことだろう。
先輩のことじゃなくても他の役員さんの事とか、今後の簡単な予定だけでも聞いておいたほうが良いかもしれない。
でもいざ質問するとこれと言って聞きたいこともなくなってしまい、今よりもさらに気まずい空気が流れてしまうかもしれない。
それは阻止しないといけないため、この案も没だ。
じゃあ、自己紹介をするのはどうだろう。
今日だってクラスで挨拶があると思って少なからず何を話すか決めていたのだ。
話すことが決まっているし、自分のことなので基本何を聞かれても答えることができるのは良い。
しかし先輩が僕のことなんて全然知りたくなくて、何こいつ急に自己紹介なんてしてきたんだろう、気持ち悪いと思われたら、気まずすぎて生徒会幽霊役員なんてあり得ない生き物になってしまうかもしれない。
これも没か。
浮かぶ案浮かぶ案すべて没になっていく自分の卑屈さと想像力の低さに呆れ返ってしまう。
初対面の後輩にわざわざお茶まで入れてくれる先輩が悪い人なはずもないのだと、頭でわかっていても心と口がついてこない。
「はい、出来たよ。」
気づくともう先輩はお茶を入れ終わってしまっていた。
結局考えるだけ考えて何も出来なかったな。
つくづく自分が嫌になってしまう。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
お茶を飲むからなのだろうか、先輩は今度はソファに戻らずに向かい側の空いている席に座っていた。
室内にはお茶を啜る音しか流れなくなってしまう。
窓から差し込む日は来たときと変わっておらず時計が見当たらないせいで時間の感覚が異常に遅くなる。
先輩はこの空間に気まずさを感じないのか、今食べているまんじゅうにしか興味がないのかこちらを向くことはない。
再度訪れた静寂に僕は適応できず、先程の自己問答がまた始まってしまいそうで、その繰り返しを防ぐために、先輩のことも気にせず口を開く。
「あの...!」
「このおかしせんぱいのものではないみたいでしたけどもしかしてほかのせいとかいのひとのものなんですか」
最悪だ。
失敗した、緊張で声が裏返っていたし、自分では何を言ったかわかるが、声が小さいしボソボソと何を言っているかわからなかっただろう。
なんで話しかけてしまったのか、なんでもっと大きな声で話をしなかったのかと後悔が襲ってくる。
眼の前にいる先輩の目を見ることがもう出来ない。
多分変なやつと思われただろう。
こんなやつ誘わなければよかったと思われているかもしれない。
不安が心を満杯にして、頭が回らなくなる。
絶望が押し寄せる体の一箇所、左肩に違和感を覚える。
僕の目が動くより早く、耳に届く音でその違和感の正体に気づく。
「これはね、副会長のなんだよ。そいつん家和菓子屋やっててさ。よく生徒会にも持ってきてるんだ。」
また僕の認知の外で動いていた先輩は向かいの席から僕の席の左側に席を移していた。
先輩は僕の動揺を感じ取ったのか、それとも当たり前のスキンシップのつもりなのか、僕の左肩に手を置いていた。
意識が肩から耳に戻ってきた時にこれは先程の質問の回答なんだと気づく。
小さな、区切りも分からなかっただろう僕の声が、それでもしっかり先輩には届いていたのだと、安堵すると同時に、近すぎる距離にいる先輩の存在に動揺する。
桜の木の下で会ったときよりも、生徒会につれてきてもらったときよりも、お菓子をもらったときよりも今までで一番近くに先輩を感じて、その息遣いや、僕の肩に触れている小さく柔らかいそれでもしっかりと存在を感じる手や、後ろで束ねられた長く黒い髪の毛が、僕を見つめて、見透かして来そうな瞳が、僕の抱えているすべてを溶かして蕩かして飛ばしてしまった。
ただ受け入れてもらえることが、すべての不安と懸念をないものにする。
せき止められていた川が再び流れを取り戻すように、止まっていた時が、思いが溢れ出してくる。
今はただ思いつくままに言葉を、建前を挟まず、ありのまま思うまま出してみようと思う。
きっと受け止めてくれるだろうから。
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