第30話:黒鉄の進軍と、奪われた職人たち

南からの調査隊――王国の人間たちを受け入れ、村がさらに賑やかになった数日後。

今度は**「北」**の方角で動きがあった。


村の司令室(ヴァイスが作った作戦本部)にて。

ヴァイスが、壁に張り巡らされた銀色の糸に指を這わせながら、不敵に笑った。


「……かかったな」

「どうした、ヴァイス」

「北の山脈ルートから、招かれざる客だ。森中に張り巡らせたシルヴィの糸が、振動と魔力を捉えた」


ヴァイスは糸の振動を指先で読み取り、瞬時に敵の情報を解析していく。


「数は23。……全身を魔導鎧で固めた重装歩兵が20。その後方に、より強力な魔力反応を持つ指揮官クラスが3名。……北の軍事国家、**ヴァルゴア帝国の『黒騎士団』**だろう」

「帝国か。また面倒な連中が来たな」


俺はタバコの煙を吐き出した。

北の帝国は武力至上主義だと聞いている。話し合いで解決する相手じゃなさそうだ。


「さらに、最後尾に妙な反応がある。……重い荷物を背負わされ、鎖で繋がれた小柄な集団。おそらく**ドワーフ**だ」

「ドワーフ? 奴隷にされてんのか? ドワーフの王様が黙ってねぇだろ」

「表向きは『技術交流』という名目の徴用だろうが、実態は誘拐に近いのだろうな。帝国は亜人を道具としか思っていない。現地での武具の修理や、資源の運搬に使っているのだろう」


鎖で繋がれた職人か。趣味の悪い話だ。


「どうする、主? 殺すか?」

「いや、いきなり殺すのも寝覚めが悪い。それに、ドワーフには興味がある」


俺は立ち上がり、ニヤリと笑った。


「丁重に(・・・・)お帰り願おうか。ただし、荷物(ドワーフ)は置いていってもらうぞ」


   ◇   ◇   ◇


森の北側。

黒光りするフルプレートアーマーに身を包んだ一団が、鬱蒼と茂る草木を剣で切り払いながら進軍していた。

ヴァルゴア帝国が誇る精鋭、**黒騎士団**の選抜隊だ。


「隊長! この森は歩きにくいことこの上ないですな!」

「愚痴るな。……皇帝陛下より、この森の『力』の調査、および資源の確保を命じられているのだ」


隊長が大剣で邪魔な蔦を切り払う。

彼らの後ろには、重い荷物を背負い、足枷をはめられた小柄な髭面の男たち――ドワーフが続いていた。


「おい、遅いぞドワーフ共! さっさと歩け!」

「……ッ、乱暴に引くな! 荷物が崩れる!」


ドワーフの親方らしき男が睨み返すが、騎士は嘲笑うだけだ。

彼らにとって、亜人は使い捨ての道具に過ぎない。


その時だった。


**ビュンッ!!**


一陣の突風が、隊列の横を駆け抜けた。


「なっ……なんだ!?」

「ワォン!!」


黒い影が、目にも止まらぬ速さで騎士たちの間を縫うように走り抜ける。

漆黒の毛並みを持つ、巨大な狼だ。

**クロウ(Lv.30)**率いる、高速遊撃隊である。


「狼だ! 迎撃しろ!」


騎士たちが剣を抜く。だが、遅い。

スキル**『疾風』**で加速したクロウたちは、剣を振るう隙さえ与えない。


ガンッ! ドカッ!


「ぐわっ!?」

「足が……転ばされた!?」


噛み殺すのではない。

すれ違いざまに足払いをかけたり、体当たりで重心を崩したり。

まるでボール遊びでもするように、重厚な騎士たちを転がしていく。


「ええい、チョコマカと! 魔法だ! 焼き払え!」


後衛にいた3名の魔導師が杖を構えるが、その前にクロウが咆哮する。

衝撃波のような風圧が、詠唱ごとかき消した。


「ひ、退却だ! 一旦開けた場所へ出るぞ!」


隊長が叫ぶ。

彼らはパニックになりながら、狼たちに誘導されるようにして、森の開けた場所――「作業場」へと逃げ込んだ。


   ◇   ◇   ◇


そこは、村の外縁にある資材置き場だった。

逃げ込んだ黒騎士たちは、そこで信じられない光景を目にする。


「……なんだ、あの女どもは?」


そこにいたのは、作業着を着た15人ほどの若い娘たち。

彼女たちは、煌めく銀色の金属を加工し、鍋やフライパン、包丁といった**日用品**を作っている最中だった。


騎士隊長の目が、彼女たちが持っている「道具」と「材料」に釘付けになった。


「あ、あの輝きは……まさか、**ミスリル**か!?」


銀色の斧、ハンマー、そして作りかけの鍋。

その全てが、国宝級の金属ミスリルで作られている。しかも、不純物が一切ない最高純度だ。


「バカな……! ミスリルをあんな大量に……! しかも鍋や包丁にしているだと!?」


後ろにいたドワーフたちも騒然とする。

彼らは職人だ。一目でその異常性が理解できたのだ。


「ありえん! あの加工技術、我ら『剛鉄の国』の人間国宝以上だぞ!?」


隊長の目に、どす黒い欲望が宿った。

あのミスリルを持ち帰れば、一生遊んで暮らせる。いや、将軍への昇進も間違いない。


「奪え!! あの女どもを殺して、ミスリルを回収しろ!!」


騎士たちが襲いかかる。

相手は軽装の娘たちだ。鎧に身を包んだ自分たちが負けるはずがない。

そう思っていた。


「……あ? なによあんたたち」


作業を邪魔された**ゴブリン娘(ホブゴブリン)**が、不機嫌そうに振り返った。

彼女は手にしたミスリルのハンマーを、無造作に振り上げた。


「仕事の邪魔しないでよ!!」


**ガギィィィンッ!!**


「なっ……!?」


ハンマーの一撃が、騎士の大剣をへし折り、そのまま「帝国最強」と謳われる黒鉄の鎧を粉砕した。

中身の騎士が、ボールのように吹き飛んでいく。


「は……? 馬鹿な、黒鉄の鎧だぞ!?」

「硬いだけで脆いね、その鎧」


別の娘が、ミスリルの包丁で騎士の盾ごと鎧を切り裂いた。

まるで紙細工だ。

進化したホブゴブリンの怪力と、タケルの煙で精製された最高純度のミスリル装備。

帝国自慢の武装など、彼女たちにとってはブリキのおもちゃに過ぎない。


「ひ、ヒィィッ! 化け物だぁぁ!!」


あっという間に半数が戦闘不能になり、騎士団は壊滅状態に陥った。


「そこまでだ」


騒ぎを聞きつけた俺とヴァイスが、悠々と姿を現した。


「まったく、人の家の庭で暴れるとは行儀が悪いな」

「き、貴様は何者だ!?」


腰を抜かした隊長が叫ぶ。

俺は無視して、呆然としているドワーフたちの元へ歩み寄った。


「……趣味の悪いアクセサリーだな」


俺は彼らを繋ぐ太い鎖を見ると、ライター(鳳凰の柄)を取り出した。

カチッ。

青白い炎の刃が伸びる。


「じっとしてろよ」


**ザンッ!**


一閃。鋼鉄の鎖が、豆腐のように焼き切れた。


「なっ……魔法剣だと!?」

「ただのライターだ。……おい、あんたが親方か?」


俺は一番年かさのドワーフに手を差し伸べた。

彼は震える手で切断された鎖と、俺のライター、そしてゴブリン娘たちの道具を交互に見つめ……突然、地面に頭を擦り付けた。


「あ、あんたがここの長か!!」

「うおっ、なんだ急に」

「頼む! 俺たちをここで働かせてくれ!!」


親方の叫びに、他のドワーフたちも一斉に土下座した。


「あんなミスリル、見たことがねぇ! あんたのその炎の道具もだ!」

「俺たちゃ職人だ! すごい道具と素材がありゃあ、魂が震えるんだよ!」

「帝国のクソみたいな量産品を作るのはもう御免だ! 誘拐同然で連れてこられて、ずっと我慢してたんだ!」

「俺たちの腕を、あんたのために使わせてくれ!」


彼らの目は本気だった。

技術への探究心と、帝国への恨み。利害は一致している。


「……だ、そうだ。隊長さんよ」


俺は騎士隊長に向き直った。


「こいつらはウチで引き取る。文句があるなら……」


俺が指を鳴らすと、周囲からクロウ率いる狼隊、武装したゴブリン軍団、そしてヴァイスが殺気を放って一歩踏み出した。


「……ひッ!!」


隊長は恐怖に顔を歪め、残った部下と共に脱兎のごとく逃げ出した。

装備も、誇りも、職人も、全てを置いて。


「……賢明な判断だ」


ヴァイスが冷ややかに見送る。

こうして、帝国の侵攻は失敗に終わり、俺たちの村には新たに**「ドワーフの鍛冶師集団(20名)」**が加わった。


これで、ミスリル加工だけでなく、本格的な武具の生産体制が整った。

村の技術力は、もはや一国の王都すら凌駕しようとしていた。


(第30話 完)

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