第29話:捨て駒の精鋭と、涙の再会

要塞化と対空戦力の整備、そして宴でのドンチャン騒ぎから数日が過ぎた。

俺たちの村――いや、もはや小都市といえる規模になった拠点は、今日も平和に稼働している。


だが、森の外ではそうはいかないらしい。


   ◇   ◇   ◇


森の南側、中層エリア。

そこには、泥と絶望にまみれた一団がいた。


「はぁ……はぁ……隊長、もう『白魔導師』の魔力が尽きます……」

「くそっ、結界石も限界か……! 立て! ここで止まれば瘴気に食われるぞ!」


隊長と呼ばれた男が、倒れ込む仲間を無理やり引き起こす。

彼らはオーレリア王国から派遣された**「調査隊」**だ。


その装備は、本来ならば一級品だったはずだ。

ミスリル混じりの騎士鎧に、高価な魔法の杖。彼らの身のこなしからも、相当な修練を積んだ**手練れ(Aランク相当)**であることが伺える。

だが今は、連戦による損傷と、森の瘴気による腐食でボロボロだった。


「第一王子め……! よくも我ら近衛の一部隊を、こんな死地へ……!」


彼らは「罪人」ではない。王国内で第一王子の方針に異を唱えた**「良識派の騎士」**や、王族の依頼と騙されて連れてこられた**「高ランク冒険者」**たちだ。

実力があるからこそ、ここまで生き延びてしまった。だが、それも限界だ。


「グルルルゥ……」


その時、周囲の茂みから低い唸り声が響いた。

無数の赤い目が、暗闇の中から彼らを見つめている。


「ッ……! 囲まれたか!」

「構えろ! 最後のあがきを見せてやる!」


彼らは死に体ながらも素早く剣を抜き、背中合わせに陣形を組んだ。さすがは精鋭だ。

現れたのは、漆黒の毛並みを持つ巨大な狼たち。

その数、20匹以上。


「(速い……! 目で追えん!)」


隊長が冷や汗を流す。

先頭にいる一際巨大な個体(クロウ)から放たれるプレッシャーは、彼らが過去に対峙したどの魔物よりも強烈だった。

戦えば全滅する。彼らがそう悟った時――。


「ワォン!(武器を収めろ、人間)」


先頭のクロウが、彼らに向かって短く吠え、道を示すように頭を動かした。


「……え? 俺たちを、食わないのか?」

「ワォン!(早くしろ、主が待っている)」


狼たちは彼らを円陣で囲むと、攻撃するどころか、森の他の魔物を威圧して追い払いながら、奥へと誘導し始めた。

狐につままれたような顔で、ボロボロの精鋭たちは狼たちの後を追った。


   ◇   ◇   ◇


数十分後。

鬱蒼とした森が開け、彼らの視界に信じられない光景が飛び込んできた。


「な、なんだこれは……!?」


そこには、巨大な空堀と土塁に囲まれた、堅牢な要塞都市があった。

そして何より驚くべきは、空気だ。

肺を焼くような瘴気が一切なく、澄み切った空気が満ちている。


「瘴気が……ない? 結界も張っていないのに?」


呆然とする彼らを、要塞の入り口で俺たちが出迎えた。


「ようクロウ。ご苦労だったな」

「オン!(連れてきたぜ!)」


俺がクロウの頭を撫でてやると、Lv.30の強者は嬉しそうに尻尾を振った。

隣にいたヴァイスが、連れてこられた人間たちを値踏みするように観察する。


「……ほう。腐っても王国の精鋭か。装備の質も悪くない。ここまで到達できたのも頷ける」

「敵意はなさそうだな」


俺が一歩前に出ると、調査隊の男たちが警戒して身構えた。

無理もない。俺の周りには、銀髪の美少年(シド)や美少女(レミたち)が控えており、その背中からは異様な蜘蛛の脚が生えているのだ。

どう見ても「魔人の巣窟」だ。


「あ、あの……貴方様は……?」


隊長らしき男が、震える声で尋ねてきた。

その時だった。

俺の後ろに控えていたクラウディアが、息を呑んで前に進み出た。


「……ガレイス? ガレイス卿なのですか!?」

「ッ!? その声……まさか!」


男が顔を上げ、クラウディアの姿を凝視する。

そして、幽霊でも見たかのように目を見開いた。


「ク、クラウディア様!? 生きて……おられたのですか!?」

「姫様!? 嘘だ、**数週間前**に部隊が全滅したと……!」


どよめきが広がる。

どうやら知り合いらしい。


「ええ、生きています。……ガレイス、貴方ほどの騎士が、なぜこのような姿で?」

「……謀られました。私は貴女様の捜索を訴えましたが、逆に王子に疎まれ……『調査隊』という名目でこの死地へ送られたのです」


男――ガレイスが悔しげに語る。

後ろにいる者たちも同様だった。王国の腐敗を嘆く騎士や、無理やり徴用された冒険者たち。

全員が「邪魔者」として、この森へ廃棄されたのだ。


「おのれ兄上……! 忠臣をなんと心得るのですか!」


クラウディアが怒りに震え、拳を握りしめる。

重い空気が流れる中、俺はスッと彼らの間に入った。


「ま、話はあとだ。とりあえず顔色が悪いぞ、おっさんたち」


俺は胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。

そして、ふぅーっと紫煙を彼らの頭上に吹きかける。


**《煙霧変調》――『広域浄化』**


「……っ!?」


煙を吸い込んだ瞬間、彼らの顔色が劇的に変わった。

土気色だった肌に赤みが差し、荒い呼吸が整っていく。体内に蓄積していた瘴気が、俺の煙によって中和されたのだ。


「か、体が軽い……!?」

「痛みが消えた……白魔法か!? いや、それ以上の……!」


驚く彼らに、俺はニカっと笑いかけた。


「歓迎するぜ。ここは『紫煙の村(仮)』だ。とりあえず、腹減ってるんだろ?」


俺の合図で、ゴブリンたちが大鍋を運んできた。

中身は、先日狩ったワイバーンの肉と、俺の畑で採れた野菜を煮込んだシチューだ。


「く、食え! 死ぬ気で食え!」


彼らは器を受け取ると、獣のように貪り食った。

涙と鼻水を垂れ流しながら。


「うまい……うまい……!」

「こんな温かい飯、いつぶりだ……!」


その光景を見て、クラウディアがそっと目元を拭った。

一通り食べ終わり、落ち着いたところで、ガレイスが俺とクラウディアの前に跪いた。


「……感謝の言葉もございません。この命、救っていただいた恩は決して忘れません」

「国へは帰れないんだろう? これからどうする?」


俺の問いに、彼は迷わず答えた。


「戻れば処刑されるか、再び捨て駒にされるだけです。もし許されるなら……我らを、この村の末席に加えていただけないでしょうか! クラウディア様と、この地の主である貴方様のために働きたいのです!」

「俺たちもお願いします!」

「この腕、好きに使ってください!」


全員が頭を下げる。

Aランク相当の実力者たちが、心からの忠誠を誓っている。

俺はヴァイスに視線を送った。


「……悪くない判断だ」

ヴァイスが冷徹に頷く。

「彼らは王国では『行方不明(死亡)』扱いだ。受け入れたところで外交問題にはならん。むしろ、王国の内情を知る彼らを取り込むことで、情報戦において優位に立てる」

「それに、ちゃんとした人間の技術や知識は貴重だからな」


俺はガレイスの肩を叩いた。


「採用だ。ただし、うちはホワイト企業(?)だからな。働いた分はしっかり食わせてやる」

「は、はいっ!!」


こうして、俺たちの村に「30名の精鋭(元・人間)」が加わった。

彼らは元騎士や高ランク冒険者だけあって、基礎能力が高い。ゴブリンたちへの武術指導や、より高度な生産活動において、大きな戦力となってくれるだろう。


(第29話 完)

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