第31話:異端審問官と、女神になった蜘蛛
南の人間たち、北のドワーフたちを受け入れ、村が多種族の集まる都市へと変貌しつつある頃。
今度は**「西」**から、厄介な連中が近づいていた。
森の西側ルート。
そこはドラゴンの巣に近いため瘴気が濃いが、それを強引に突破してくる一団がいた。
白銀の甲冑に身を包み、法衣を纏った10名の集団。
聖法皇国エクレシアの**「異端審問官」**たちだ。
「ハァ……ハァ……。聖女様、結界の維持が限界です……!」
「頑張りなさい。あの光……神の御業か、悪魔の欺瞞か。それを見極めるのが私たちの使命です」
先頭を歩くのは、純白の杖を持った少女――**聖女エリラ**。
清廉潔白だが、思い込みが激しく「悪は即浄化」を信条とする、ある意味一番危険なタイプだ。
「(穢れた森から放たれた、清浄な光……。もしあれが悪魔の仕業なら、世界を惑わす大罪です。私が浄化しなければ!)」
彼女は使命感に燃え、森を抜けた。
◇ ◇ ◇
視界が開け、彼らはタケルの村に到着した。
そして、その光景に息を呑んだ。
「な……ここは、天界ですか……?」
瘴気のない澄み切った空気。豊かに実った畑。
そして、広場の中心にある優雅なティーテーブル。
そこに座っていたのは、月光を紡いだような銀髪と、宝石のような瞳を持つ絶世の美女――**シルヴィ**だ。
彼女は純白のドレスを纏い、優雅に紅茶を飲んでいる。
その周囲には、これまた輝くばかりの銀髪の美青年や美少女たち(シドたち)が控えている。
ある者は竪琴を奏で、ある者は花を飾り、女神に傅(かしず)く天使のようだ。
「あぁ……美しい……」
エリラは思わず膝をついた。
間違いない。あの方こそ、この地に降臨された女神の化身だ。
だが、次の瞬間。エリラの視線が凍りついた。
その神聖な輪の中心に、**異物**がいたのだ。
ジャージのような奇妙な服を着て、無精髭を生やし、口から煙を吐いている男――**タケル**だ。
「ようシルヴィ。クッキー焼けたぞ」
「まあ、ありがとうございます主様。あ~ん♡」
男がクッキーを差し出し、女神(シルヴィ)が嬉しそうにそれを口にする。
さらに、天使たち(シド)も男に抱きついている。
「パパ―! 俺も俺もー!」
「はいはい、順番な」
この光景を見て、エリラの脳内で何かが弾けた。
「(女神様が……薄汚い人間に餌付けされている!?)」
違う。あれは人間ではない。
女神をたぶらかし、その肉体を弄び、眷属たちをも洗脳して支配する……。
「**大悪魔**……!!」
エリラは杖を突きつけ、金切り声を上げた。
「そこまでです、汚らわしい悪魔よ!!」
「……あ?」
俺がクッキーを食べていると、いきなり入り口の方から怒鳴り声が聞こえた。
見ると、白装束の集団が殺気立ってこちらを睨んでいる。
「貴様! よくも女神様(シルヴィ)を……! 即刻その汚い手を離しなさい!」
「はぁ? 何言ってんだお前」
「とぼけるな! その邪悪な煙……それを使って女神様を洗脳しているのでしょう!」
なるほど。宗教関係者か。一番話が通じない手合いだ。
俺の隣で、シルヴィがスッと立ち上がった。優雅な笑みは消え、冷徹な捕食者の目に変わっている。
「……不愉快ですね。主様を『悪魔』呼ばわりするとは」
「女神様、今助けます! ……総員、悪魔を討て! 浄化せよ!」
エリラの号令と共に、審問官たちが魔法の詠唱を始める。
エリラ自身の杖からも、眩い光が溢れ出した。
「神聖魔法――**『聖なる浄化の光(ホーリー・ピュリファイ)』**!!」
極太の光の奔流が、俺めがけて放たれる。
アンデッドなら灰も残らない、対魔物特効の最強魔法だ。
「主様!」
クラウディアが剣に手をかける。
ヴァイスも魔法の構えを取る。
だが、俺は手で彼らを制した。
「眩しいな……。煙たがられても困るし、消すか」
俺はタバコを深く吸い込むと、迫りくる光の奔流に向かって、ふぅーっと紫煙を吐き出した。
**《煙霧変調》――『中和』**
紫色の煙が、光の奔流と衝突する。
本来なら光が闇を払うはずだ。だが、俺の煙は「ただの煙」じゃない。
あらゆる事象を「有耶無耶(うやむや)」にする、概念的な浄化の煙だ。
ジュウゥゥゥ……ッ
光が煙に触れた端から、シュワシュワと音を立てて溶けていく。
必殺の浄化魔法は、俺に届く前にただの空気に還元され、霧散した。
「なっ……!?」
エリラが愕然と目を見開く。
「私の全力の祈りが……ただの煙に……負けた……!?」
「挨拶代わりにしては派手だな。……まあいい、お前らも疲れてんだろ?」
俺は腰を抜かしたエリラに歩み寄った。
彼女はガタガタと震えている。
「ひ、ひぃっ……来るな! 魂まで汚染する気か……!」
「違うって。……ほら、一服しろ」
俺は胸ポケットから新しいタバコを取り出すと、半ば強引にエリラの口にくわえさせ、指先から出した種火で点火した。
「んぐっ……!? ゲホッ、ゲホッ……!」
紫煙を吸い込んだ彼女がむせ返る。
だが、次の瞬間。
「……あ、れ?」
エリラの瞳から、狂信的な色が消え失せた。
代わりに、ポヤーンとした穏やかな光が宿る。
タバコの精神安定効果と、俺の魔力が、彼女の興奮しきった脳を強制的にクールダウン(賢者タイム)させたのだ。
「……はぁ〜。私、なんであんなに怒ってたんでしょう」
エリラはその場にへたり込み、うっとりと紫煙を吐き出した。
「世界はこんなにも美しいのに……争うなんて、馬鹿みたい……」
「そうだろ? 平和が一番だ」
俺がニカっと笑うと、後ろにいた審問官たちも、戦意を喪失して武器を下ろした。
リーダーがこれでは戦いにならない。
「あ、あの……貴方様は、一体?」
正気に戻った(というか骨抜きにされた)エリラが、潤んだ瞳で見上げてくる。
俺は肩をすくめた。
「俺はタケル。……まあ、この村の村長みたいなもんだ」
「村長……。私の魔法を打ち消し、この森を浄化したその御力……」
エリラは俺の手を取り、その甲に額を当てた。
「申し訳ありませんでした。貴方様は悪魔などではない。……おそらく、女神様が遣わした**『使徒様』**なのですね?」
「……まあ、そういうことにしておいてくれ」
否定するのも面倒だ。適当に頷いておく。
「分かりました! 本国には『ここは清浄なる聖域であった』と報告いたします。我々聖教国は、今後一切この地には干渉いたしません!」
こうして、聖法皇国の異端審問官たちは、完全に俺たちの軍門に下った。
彼女たちは「聖地巡礼ができました」と満足げな顔で帰っていった。
おそらく本国では、「聖女エリラが認めた不可侵の聖域」として登録されるだろう。
「……はぁ。また変なのが増えたな」
様子を見ていたヴァイスが、呆れたように呟く。
クラウディアも遠い目をしていた。
「あの『聖女エリラ』様まで……。タケル様の煙は、どんな魔法よりも恐ろしいですね」
南の人間、北のドワーフ、そして西の宗教的権威。
全てのピースは揃った。
あとは――西の奥で待ち構える「親玉」との決着だけだ。
(第31話 完)
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