第6話 御影家大浴場
蓮と朔夜が話し終えたところで、和室にてんと宗介がドタバタと入ってきた。
襖がガラリと開く音は、その静けさもすぐに破られると分かる。
てんと宗介の足音は、まるで廊下で転がったビー玉がそのまま部屋に乱入してきたように騒がしい。
てん(宗介)が先頭で、
「ねぇ!朔夜兄ちゃん!どうだった!」
と言いながら走り込んでくる。
宗介はその後ろで息を切らし、
「てん!待てって!障子倒すからほんとに!!」
と必死の制止をかけている。
蓮は二人の様子を見て、ふっと心が和らいだ。
「ところで……お前たち、よく見たら泥だらけだぞ」
朔夜が言うと、二人は互いの袖や髪を見合った。
蓮も自分の体を見る。
夜の異界を走り回り、無人駅で倒れ込んでいたのだから当然だった。
「三人そろって風呂へ入ってこい。
昼食はこちらで用意しておく」
朔夜の静かな声に、三人は顔を見合わせた。
「よーし、いこっ!」
てん(宗介)が勢いよく手を振る。
***
御影家の大浴場は、思わず見上げてしまうほど広かった。
湯気が立ちこめ、鏡は白く曇り、石造りの床は柔らかな熱を帯びている。
「うちのお風呂は大きいよ!」
てん(宗介)が胸を張る。
「いや、これはデカすぎだろ……」
宗介(蓮)は感心しながらも、汗と汚れを思い出したらしい。
「まあ、汚れてるしな。ちょうどいいか……」
ぽふっ、ぽふっ、と服が脱ぎ散らかされる音が響いた。
「お、おいっ!!」
宗介(蓮)が耳まで真っ赤になる。
「俺の体だぞ!? せめてタオル巻けって!!」
「えー? 家のお風呂だよ? いつもこうだよ?」
てん(宗介)は悪びれもせず、パンツまでぽいっと飛ばして湯船へ向かう。
「だから全部脱ぎ散らかすなって言ってんだろ!!」
宗介は慌てて服を拾い集めながら、さらに真っ赤になった。
その横で、蓮(てん)が自分の服を脱いで──ふと固まった。
「…………え?」
宗介(蓮体)が振り返る。
「どした?」
「……てんちゃん……パンツ……履いてない……」
宗介は天を仰いだ。
「……………………俺の体、やべぇかもしれん」
***
三人ともようやく湯船へ移動したころ、てん(宗介)は風呂のふちに掴まり、勢いよくバタ足を始めていた。
「うわっ! バタバタすんな!!
俺が変なことしてるみたいに見えるだろ!!」
「だって〜! 宗介くんの筋肉でバタバタすると、めっちゃすごいよ! ほら!」
「やめろ!!」
てん(宗介)はきらきら笑いながら、鏡に映る自分じゃない身体の筋肉を見てポーズを取る。
「筋肉すごいねぇ〜! こう? こうすると映えるよ!」
「……はぁぁぁ……」
宗介(蓮)は肩まで湯に沈み、魂が抜けた声を出した。
ふと、てん(宗介)が“下の方”を見た。
「宗介くん、お兄さんだよね。なんかここも……ぼくより……」
「だーーーっ!! 何言ってんだお前は!!湯につかれ!! 見んな!! やめろー!!」
蓮(てん)は湯にぷかぷか浮かびながら、静かにつぶやく。
「……てんちゃん……自由だね……」
湯気の中に、少年たちの混沌が渦巻いていく。
***
湯から上がった三人は、体の熱をタオルでぬぐいながら脱衣所へ戻った。
「じゃあ、部屋戻って服取ってくるね〜」
てん(宗介)がタオルを肩にかけただけの全裸で、さっさと廊下へ出ようとする。
「待てぇぇぇぇえ!!」
宗介(蓮)が飛びつく勢いで腕を掴んだ。
「なんで全裸で歩くんだよ!!
ここ御影家だぞ!? 誰かいたらどうすんだ!!」
「え? 家の中だよ?」
てん(宗介)は本気で不思議そうに首をかしげた。
御影家は旅館のように広いが、てんにとっては自宅であり、裸で歩くのも日常なのだろう。
「いやいやいや!! 俺の体でそれをやるな!!
タオル!服!そういう概念を思い出せ!!」
宗介は真っ赤になりながら、脱衣かごの服をがさっと抱えた。
「俺が取ってくるから!!お前はここで待っとけ!! 一歩も動くな!!」
「うん、待っとく〜」
素直に言うてん(宗介)を残して、宗介(蓮)は自分の服を探しに脱兎のごとく走った。
***
着替えを済ませ、居間へ戻ると、ちょうど昼食の準備が整っていた。
温かい湯気を立てる味噌汁と炊き立てのご飯、焼き魚。
朔夜は静かに席につき、三人を見渡した。
「今日の夜、再び無人駅へ行く」
三人の箸が一瞬止まる。
「……今日の夜に?」
蓮(てん)が問い返した。
「ああ。電車は同じ時間にしか現れない。術式の条件も、昨夜と合わせる必要がある。だから──今日の深夜に動く」
宗介(蓮)は少し肩を落としながら味噌汁をすすった。
「……寝不足で死ぬ……」
「なら昼寝しておけ」
朔夜が淡々と告げる。
「三人とも、魂がずれている状態だ。精神の負荷も大きい。暗くなる前に一度、体を休めておけ」
てん(宗介体)が手を挙げた。
「儀式って、ぼくたちは何をすればいいの?」
「何もしなくていい」
朔夜は淡々と回答する。
「空間が安定したら、蓮(てん)の魂を中心に術陣を組む。陣の構築と接続は俺が行う。お前たちはそこに立っているだけでいい」
「……なら、俺でもできるな」
宗介(蓮体)が小声で言う。
「ただし」
朔夜の声に、三人が同時に顔を上げた。
「怪異が妨害してくる可能性はある。昨夜、お前たちの魂を引きずろうとした何かは、確かに存在した。油断は絶対にするな」
食卓に、静かな緊張が落ちた。
けれど、食べ終えるころには三人のまぶたは重くなっていた。
「……眠い……」
「ぼくも……」
「昨日、走りすぎた……」
「昼寝してこい。夜に備えろ」
朔夜の声に押されるように、三人は、ふらふらの足取りのまま部屋へ転がり込んだ。
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