第5話 解決方法

御影家の邸内一室


障子越しに射す光が、畳の上に柔らかい影を落としていた。

庭の方では、宗介とてんの声がまだ聞こえている。


障子がわずかに揺れて、外の風の気配が静かに忍び込んできた。

朔夜は湯呑を横へ置き、てんの身体に入った蓮をまっすぐ見つめた。


「……さて。蓮、今聞いた話を整理する。」


蓮は素直に頷く。

見た目は幼いのに、その目はいつもの蓮の冷静さで光っていた。


朔夜は符を一枚広げながら、語り始めた。


「まず、お前が言った電車の中で起きたことだが──」


声は落ち着いているのに、言葉の一つひとつが鋭く、状況を切り分けていく。


「お前は電車に入った。そこで、魂を取られそうになった。てんの術によって干渉を跳ね返し、結果的に魂が三人で入れ替わった。」


蓮がうなずく。


「……そう。あそこは、最初から魂を狙ってきた。

意図的に、じゃない……多分“空間そのものの働き”として。」


朔夜はすぐに続ける。


「それから駅に出たあと影に襲われた。

あの影は──電車の怪異そのもの……いや、“電車という異空間の意思”だな。」


蓮の喉がごくりと動いた。


「うん。外に出た瞬間に追ってきた。

あれは魂を奪いに……来た感じだった。」


朔夜は即座に頷き、蓮の言葉を補足するように静かに語る。


「電車はまだ、お前たち三人の魂を自分のものだと認識している。電車に入った瞬間、お前たちは内部のルールに触れた。魂を引き寄せ、固定しようとする構造に。」


蓮の小さな手がぎゅっと握られる。


朔夜は続けた。


「魂の位置が入れ替わった今の状態は、自然の法則に反している。その乱れを起こしたのが電車自身である分──電車は責任を取るつもりで、お前たちの魂を再び回収しようとしている。」


蓮は苦笑に近い表情を浮かべた。


「……うん。向こうとしては『返せ』って言ってる感じだった。でも、そっちに行ったらもう戻れないっていうか……中に閉じこめられたまま固定されるって直感した。」


朔夜は頷く。


「その通りだ。あれは迎えでも修復でもない。

回収だ。三人の魂を、電車という異空間の内部構造に組み込もうとしている。

完全に取り込まれた時点で……こちらの世界には戻れなくなる。」


蓮の眉がわずかに震える。


朔夜はさらに核心を突いた。


「駅から離れれば襲われないのは、単に電車の手が届かないだけだ。決して諦めているわけではない。

あれはまだ、お前たち三人の魂に執着している。

次に電車が現れた時──必ずまた取りに来る。」


部屋の空気がひやりと沈み込む。


「だから、こちらが先に動く必要がある。奴が完全に手を伸ばす前に──正しい魂の順番に戻すんだ。」


蓮(てん体)は小さく深呼吸し、朔夜の言葉を受け止めるように頷いた。


湯呑の影が畳に濃く落ちる。


「このままでは問題が別に発生する。

魂が、今入っている身体に定着してしまう。」


蓮の表情がわずかに揺れた。

てんの小さな手が、不自然なほどきゅっと握られる。


朔夜は、淡々と、それでいて容赦なく真実を告げる。


「魂は長く別の器に入ると、そこを自分の家だと誤認し始める。肉体の霊的な癖や感情の流れに影響され、

人格の境界が曖昧になり──やがて本来の身体に戻れなくなる。」


「……じゃあ、このままだと……」


蓮の声は幼い身体のせいで震えて聞こえたが、意識はいつも通りに鋭い。


朔夜は言葉を区切り、まっすぐ告げた。


「蓮はてんに。

てんは宗介に。

宗介は蓮に──そのままなってしまう。」


場の空気がぴたりと止まる。


「だから、戻る必要がある。電車が示した魂の座標はあそこにある。次に出現した時、電車の内部で術を使えば、三人を正しい位置に戻せる。」


蓮は息を吸い込み、決意を固めたように小さくうなずく。


「……わかった。次に電車が来たら……僕たちも、戻る。」


その姿はてんのままなのに、声の奥にあるのは蓮の理性と覚悟だった。


朔夜は立ち上がり、静かに告げる。


「夜が来る。準備をしておけ。魂の座標は、時間が経てば経つほど戻りにくくなる。」


障子の向こうで、夕暮れの影が長く伸びた。


夜の電車が、彼らを待っている。

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