第4話 戻らない魂と身体

「……ややこしいことになったな」


御影家の和室。

朔夜は湯呑を置き、正座する三人を静かに見据えた。


右から──宗介(蓮)、てん(宗介)、蓮(てん)。

中身と見た目のズレ。説明するだけで面倒すぎる。


「魂ごと持っていかれそうになったんだな。

てんの解除がなければ、お前たちは全員、あの空間に引きずり込まれていた」


三人の表情が凍る。


「てんの力で魂は引き戻された。だが、そのときに回路が混線して、それぞれの魂が近い器に入り込んだ……そう考えるのが自然だ」


「近いって……サイズの話?」

宗介(蓮)が眉をひそめる。


「それもあるが、霊的な性質も含めてだ。魂の波長や記録が似ている者同士ほど、ズレた際に引き寄せ合う。お前たちは互いに相性が近すぎた」


朔夜はそう言いながら、ちらりとてん(蓮)を見る。


「よーし!じゃあぼく、しばらく宗介くんの体でがんばるよっ!」

 てん(宗介)が満面の笑みで元気よくガッツポーズ。


「がんばんなくていいから戻ってくれぇぇぇ!!」

宗介(蓮)が頭を抱える。


一方、蓮(てん)はちょこんと座って静かに手を挙げる。


「……この状態、何日くらい続くの?」


「分からん。術で無理やり戻すのは危険だ。混線が悪化すれば、戻れなくなる可能性もある」

朔夜の言葉に、三人とも息を呑む。


沈黙。

それを破ったのは宗介(蓮)だった。


「……てんが、あの時……解除してなかったら、俺らどうなってた?」


朔夜が目を伏せる。

「おそらく、あの電車に魂を固定されたまま、消滅していた」


宗介の喉がひくりと動く。

「……マジでやばかったじゃん……」


てん(宗介)は少し首を傾げながら、にっこり笑う。

「でもちゃんと助かったんだから、結果オーライだよ!」


「その軽さが怖ぇんだよ!!」

宗介(蓮)が叫ぶ。


朔夜はため息をつき、続けた。

「いいか、今は安定を最優先にする。術式を調べて戻す方法を探る。それまでは刺激を最小限に。学校も全員休め」


三人がぴしっと正座でうなずく。


少し間を置いて、てん(宗介)が手を挙げた。


「じゃあさ!せっかくだし、この体で剣の練習したい!」


「……は?」

宗介(蓮)が即座に反応。


「だって、ぼくの体じゃ木刀の重さで手が痛くなるんだもん。宗介くんの体なら、風きって、ぶんっ!ってできるでしょ? 一回やってみたい!」


「やめろ!俺の体で怪我したらどうすんだ!!」

宗介が悲鳴を上げる。


「怪我しないよ! ちゃんと安全にやるからっ」

にっこり笑うてん(宗介)。


「いやその笑顔が一番信用ならねぇんだよ!!」

宗介(蓮体)は頭を抱えながら立ち上がる。

「……くそ、結局ついてくしかねぇ……俺の体が心配だ……」


一方その横で、蓮(てん)は冷静にノートを開いていた。

「僕は朔夜さんとデータ整理をする。今回の霊的ズレの構造、かなり興味深い。観測記録をまとめておきたい」


「……お前、てんの見た目でそんなこと言うなよ……」

宗介がぼそっと呟く。


てん(宗介体)は木刀を肩に担ぎ、得意げに笑った。

「よーし!修行だー!」


宗介(蓮体)は遠い目をした。

「修行じゃねぇよ……俺の寿命が縮む時間だよ……」


朔夜はそんな二人を見送りながら、小さく笑う。

「……まったく、賑やかだな」


けれど、その声の奥には、どこか張りつめた静けさが残っていた。



***



御影家の庭。


風が竹を揺らし、石畳の上に木漏れ日が散る。

そんな静かな空気を一瞬でぶち壊す声が響いた。


「ねぇねぇ、宗介くん!! ぼく《双龍》やってみたい!!」


てん(宗介体)が木刀を頭の上に掲げてピョンッと跳ねる。


宗介(蓮体)が即座に振り返った。


「あ!? いや絶対無理だろ! あれ俺の感覚の技なんだって!」


「でも今ぼく、宗介くんの体だよ? 本体スペックが強ければできるんじゃない?」


「本体スペックって言うな!! てか俺の身体で骨折したりしたらどうすんだよ!?」


てん(宗介体)はケロッとした笑顔で木刀を振る。


「大丈夫! 安全にやるから!」


「その言葉が一番信用ならねぇんだよ!!」



てん(宗介体)が構える。

木刀を横に一度払って、すぅ……と呼吸を整えた(ように見えた)。


宗介(蓮体)は不安しかない顔で見守る。


「じゃあ……いっくよー!!」


ぶんっ!

ぶんっ!!


ぶんぶんぶんぶん!!!


左右同時どころか、ただの全力連打。

軌道はぐちゃぐちゃ、足元ふらふら。


「いや違う!! 違ぇよてん!! それ双龍じゃなくて“暴れる子ども”!!」


「えっ!? できてない!? なんで!?」


「フォームが死んでんだよ!! 落ち着けって!!」


宗介(蓮体)は大きく息を吐き、木刀をてんに返してもらう。


「……もう見てらんねぇ。やるよ、俺が」


蓮の小柄な体で木刀を握り、宗介は足をスッと開いた。

一瞬で空気が変わる。


「お、おお……宗介くん、蓮の姿なのに……動きが完全に宗介くん……」


てん(宗介体)が目を丸くした。


宗介(蓮体)は手の中で木刀を軽く回し、つぶやく。


「……重さもリーチも違うけど、癖は分かる。

双龍ってのは速さより揃えるのが大事なんだよ」


影に追われた時の戦闘感覚を思い出すように、彼は静かに腰を落とす。


右足が踏み込むと同時に——

木刀が二方向へ走った。


ゴンッ! ガンッッ!!


左右からほぼ同時に石柱を叩く、鋭い二連撃。

衝撃で石の表面が欠け、乾いた音が庭に響く。


てん(宗介体)が歓声をあげる。


「すごっ!! なんでそんな小さい体でそんなに強いの!!?」


「体じゃなくて、技だって言ってんだろ!!」


宗介(蓮体)は息をつきながら木刀を肩に担ぐ。


「てん。双龍は形だけ真似ても絶対できねぇ。まずは姿勢、足運び、重心。それ全部整えねぇとぶんぶん振り回すだけになんだよ」


てん(宗介体)は真剣に頷いた。


「……じゃあ、まずフォームからやる!」


宗介(蓮体)は苦笑しながらも、仕方なく向き合う。


「……しゃあねぇな。まあ、俺の体も鍛えとかないとな。」


てんは満面の笑顔で木刀を抱きしめる。


「ありがと! 宗介くん!」



賑やかな声が庭に響いた。

朝の光が竹の隙間から差し込み、二人の影が揺れる。


風の音と笑い声が混ざり、御影家の庭に溶けていった。

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