第7話 眠気と混乱と、深夜のホームへ
昼食を終え、部屋に戻った三人は、敷かれた布団の上に並んで座り込んだ。
夜まで休めと言われたものの、興奮と疲労でまともに落ち着けない。
「……なんか、眠い……」
てん(宗介)がふらっと宗介(蓮)へ寄ってきて──そのまま倒れ込むように抱きついた。
「うわっ!? おい!ひっつくな!!」
「だってー……あったかいし……眠いし……
それに蓮くんの体って、ぎゅーってするとちょうどいいんだよねぇ……」
宗介は真っ赤になって叫んだ。
「やめろ!!俺が蓮に抱きついてるみたいに見えるだろ!!てかなんで俺が俺に抱きつかれてんだよ!!意味わかんねぇ!!」
蓮(てん)は布団に横になりながら、ぼそっと冷静に言った。
「……これ、他の人が見たら……
宗介くんが年下ショタに迫ってるみたいに見えるよね……」
「ぎゃあああああ!!やっぱやめろ!!てん!!離れろって!!」
てん(宗介)は返事もせず──ぎゅむっ、とさらに強めに抱きつき、
「……すぅ……」
「もう寝てるぅぅぅ!!?!」
宗介(蓮)は完全に固まった。
自分の体(てん入り)に抱きしめられ、
自分は蓮の体でそれを受け止めていて、
横では蓮(てん)がすやすや眠り始めている。
「……もう知らん……」
諦めの境地で布団に横たわると、宗介のまぶたも、重く、静かに落ちていった。
***
──夜。
深夜の冷気が満ちた無人駅。
朔夜と三人は、ホームの端に立ち、線路の奥を見つめていた。
空気が張りつめている。
虫の声さえ、どこか遠い。
「昨日と同じ時間だ。もうすぐ来る」
朔夜が腕時計を確認し、無表情のまま告げる。
「霊脈の流れも一致している。条件は揃った。電車が来たら、そのまま乗るぞ。──絶対に離れるな」
三人は頷き合った。
てん(宗介)が小さく囁く。
「……なんか、昨日より空気が重いね」
「うん」
蓮(てん)は目を細める。
「呼ばれてるみたいだ。あの空間の方に」
宗介(蓮)は緊張で唾を飲んだ。
「昨日より……ヤバい感じする……」
「油断するな」
朔夜が短く言う。
直後──
――ガタン。
空気そのものが震えた。
闇の向こうで、レールがゆらりと光を反射する。
「来るぞ」
朔夜が低く呟いた。
その瞬間、視界の奥に影のような車体が、音もなくスーッと現れた。
窓は真っ黒。
ライトはついていない。
世界から切り取られたような、あの異様な白と黒のツートンの電車。
ドアが、ゆっくりと──音もなく開く。
再び、深夜の旅が始まる。
四人はゆっくりと車内へ足を踏み入れた。
昨夜と同じく、窓は真っ黒。
吊り革は揺れていないのに、どこか呼吸しているように見える。
床に敷かれたゴムの模様すら、不規則に波打っていた。
ドアがぴたりと閉まり──
音もなく、電車は動き出した。
「……始まったな」
朔夜の声が静かに広がる。
そのすぐ後、蓮(てん)が窓に顔を寄せて呟いた。
「景色が……また変わってる。
最初は真っ暗なだけなのに──少しずつ、輪郭が歪んでいく」
とうっ、とてん(宗介)が反対側の窓を覗く。
「ほんとだ!なんか、暗いのに……奥の方で動いてるみたい!」
宗介(蓮)が眉をひそめる。
「なんだよあれ……人影……じゃねぇよな……?」
蓮(てん)は淡々と続けた。
「うん。昨日と同じだ。全部……再現されてる」
電車は走る。
車両は静かだが──静かすぎた。
***
異変は、すぐに訪れた。
後方の車両から、音が消えた。
「……? なんか、後ろ……」
宗介(蓮)が振り返る。
次の瞬間、三人は凍りついた。
後ろの車両が、消えていた。
切り離されたのではない。
元から存在しなかったかのように、後方は闇の壁だけになっていた。
「うそ……もう一個減ってる……!」
てん(宗介)が叫ぶ。
「昨日より早い!」
蓮が鋭い声を出す。
宗介が青ざめた。
「うわ、まじかよ……これ、やっぱやべぇって……!!」
その瞬間──
ガコン。
車内の空気が、重く沈み込んだ。
座席が、まるで溶けるように形を変え始める。
「座席……動いてる……?」
てん(宗介)が後ずさる。
吊り革が伸びた。
紐が蛇のようにうねり、三人の頭上へぶら下がったまま、ゆっくりと降りてくる。
床が波打ち、通路が消える。
電車そのものが喰おうとしているようだった。
「く……来る……!!」
宗介が腰を落とそうとしたとき、朔夜の声が空気を切り裂いた。
「――《封縛結鎖・獄網陣》!」
朔夜が左手の指を二本立てて印を結んだ瞬間。
車両全体に、鎖が走った。
天井から、床から、壁から──
鉄と術式が絡み合った鎖が無数に飛び出し、空間を締め上げていく。
ギギギギギギギッ!!
耳をつんざくほどの金属の悲鳴。
電車全体が砕けるような軋み。
「うわ……っ!?」
「すげぇ……車両ごと……縛ってる……!?」
てんと宗介が思わず叫ぶ。
伸びていた吊り革は鎖に絡め取られ、ピタリと固定された。
隆起していた座席も圧縮され、形を保てなくなり、空間の歪みごと封じられていく。
その全てをやりながら、朔夜は一歩も動かない。
ただ、印を保ち、淡々と言った。
「怖れるな。これは空間型の怪異だ。形を持たない分、縛れば止まる」
三人の顔に、同時に感嘆が走った。
「朔夜兄ちゃん……」
「やべぇ……これが本気の術師……!」
「空間まるごと固定してる……」
朔夜は静かに目を開き、言った。
「──始めるぞ。魂を戻す儀式だ。ここからが本番だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます