第3話「恋のトリック」

 ワタシの名前は朝倉みなみ。この名前は大っ嫌いだったけど、名前の由来を聞いて少し考えが変わった。有名漫画のヒロイン、浅倉南と比べられる大問題は残されてるけど、前よりは好きになったつもり。それにしても、誰でも可愛くなる薬、効き目が全く切れちゃったよ。


 さて、ワタシはクラスの保健委員として、憧れのゆうきくんと一緒に最初の会議に出た。みんなの前でおこなう自己紹介を前に、ワタシは緊張の絶頂だった。

「あさくらみなみだってさ、全然似てない」。そう言われてまた笑われたらどうしよう。封印した不安な気持ちがもくもくと湧き上がってきたよ。

 その時だ。ゆうきくんが耳元で囁いた。「朝倉。自己紹介苦手なんだろ。堂々としていないとまた笑われるぞ。しっかり名前を名乗って、どんな保健委員になりたいのか表明するといい」

 この言葉のおかげで自己紹介はうまくいった。拍手も起きた。

 ゆうきくん、ワタシの不安を見抜いてたんだ。あれ、それってワタシに気があったってこと? ワタシは恋の魔法にかかったよ。おかげで何も手につかないじゃないか。


 数日して、初めての保健室当番。保健委員が保健室の澤田先生の手助けをする日だ。澤田先生は美人で評判。男子生徒の憧れの的だよ。

 4時過ぎ、突然一人の生徒が走り込んできた。「澤田先生。体育館に来てください。過呼吸になった子がいて」

先生はすぐに出動。え、ちょっと待って、ワタシとゆうきくん、保健室で二人っきりになっちゃったぞ。

 これはチャンスかもしれない。ゆうきくんは黙って外を見てる。話のきっかけは、そうだ、この前励ましてくれたことのお礼を言おう。ゆうきくん、なんて言うかな?

(大したことじゃないよ。ーでも、どうしてワタシを励ましてくれたの? いや、僕は君のことがずっと好きだったんだ。え、そうなの?)

それで一挙に距離が縮まるかもしれない。勇気を出して話しかけよう。あれ、変にドキドキするぞ。

「あのぉ、ゆうきくん」

「ん? 何?」

 そうしたら、そこに澤田先生が帰ってきた。もう。どうしてもっと早く話しかける勇気が出なかったんだろう。このモヤモヤした気持ち、いつまで続くんだ。


 ゆうきくんは先に帰り、澤田先生は机に座って書類の整理を始めた。澤田先生に相談してみようかな。先生はこんなに綺麗なんだもん。恋の指南役もできるよ、きっと。

「あのぉ先生。誰か好きな人ができた時って、その気持ちを伝えた方がいいんですか?」

先生はふふんと鼻で笑うようにして言った。

「そうね。みんなそれで悩むのよ。恋は結ばれるまでの過程が問題。だから気持ちを伝えるのは大事。ただし伝え方に正解はない。そこでいろいろ悩めば人は成長できる」

さすが澤田先生だ。妙に納得できたよ。恋は私自身を成長させるものなんだ。私も大切に恋をして、澤田先生のような素敵な女性になるよ。

 ゆうきくん、待っててね。きっと私の気持ちを伝えることができるようにするから。さあ、家に帰って作戦を立てよう。


 ジャズの流れる夜のバー。店内はハロウィンの飾り付けで賑やかだ。澤田先生は一人カウンターに座っていた。

「あたしなんか山ほど成長したよ。なにしろ両手に余るほど恋をして2回結婚して2回別れた。そしてまだまだ現在進行形」

バーテンダーが笑って言う。「恋多き女ですね」

「うん。あの子には言わなかったけど、恋にはちょっとしたトリックがある。trick or なんとかって言ったね。結果はイタズラかご褒美か。たいていの恋は結ばれたら終了。魔法が解けて一気に現実に引き戻されるんだ」

 先生はウィスキーのグラスをあおった。カウンターの端で、小さなカボチャ提灯が笑っていた。

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