第2話「自分の名前、好きですか?」
ワタシの名前は朝倉みなみ。この名前は大っ嫌い。ワタシは有名漫画のヒロイン、浅倉南と比べられる不幸な人生を送ってきた。あの路地裏クリニックで誰でも可愛くなる薬を処方してもらい、一時は可愛くなったのに、最近なんだか色あせてきた。お医者さん、言ってたな。「この薬、効果はすぐに出ますが、長続きはしません。効き目が切れたら来てください。1万円で新しい薬を処方しますよ」
ワタシゃ高校生だよ。そんなにお金持ってるはずないじゃん。来月のお小遣いをもらうまで、薬はお預けだ。
それはそうと、いいこともあったんだ。後期のクラス役員改選で、ワタシは保健委員になった。それが憧れのゆうきくんと一緒。おんなじ委員だもん。こりゃあ自然と会話ができるチャンスが来るよ。
だけど、その前に問題が横たわっている。明日の保健委員の最初の集まりで、自己紹介をさせられるんだ。悪夢が蘇るよ。今年の入学式後の最初のクラスルーム。一人一人教壇に立って自己紹介をした。ワタシが名前を言った途端だ。一瞬沈黙が支配し、そうして教室中がザワザワし出す。「あさくらみなみだってよ」「似てないじゃん」という囁きが聞こえ、最後は大爆笑の渦だ。ワタシはこれを小5の時から繰り返してるよ。もう絶対に自己紹介なんてしたくなぁい。
そもそもどうしてみなみなんていう名前にしたんだ。苗字と続ければヘンテコなことになるのがわかるでしょ。どうせ人気漫画のヒロインみたいになって欲しかったとか言うんだろうな。どれだけ能天気なの。ワタシはお母ちゃんに詰め寄ったよ。
「そうね。みなみにもそろそろ話さないとダメよね」。あれ、お調子者のお母ちゃんがいつになく真剣だぞ。
「あなたがお腹にいた時、私は大きな鉄道事故に巻き込まれたのよ。ポイントの故障で電車が衝突。負傷者がたくさん出た。トリアージって知ってる? 誰から助けるかって優先順位を決める。お母ちゃんはお腹にあなたがいたから最初に助けてもらった。だけど、その次の順番の子、双子の女子高生が手遅れで死んでしまった。名前は美奈ちゃんと奈美ちゃん。順番が逆だったら、二人は助かり、私が死んでいたかもしれない」。え、そんなことがあったのか。
「二人のご両親は仕方ないことですと慰めてくれたけど、私は生まれてくる子に美奈ちゃんと奈美ちゃんの分まで生きてもらおうと思った。二人を合わせてみなみとつけたのよ」。そうだったのか。私は何て浅はかだったんだ。自分の名前の持つ意味も知らなかったなんて。
「名前ってさ、親が子供に与える、生きてゆくための証明書なんだよ。やっぱり大切にしないとね」
お母ちゃん、見直したぞ。たまにはいいこと言ってくれる。私はあなたの娘でよかったよ。私はみんなのおかげで生きている。その証が名前なんだね。明日は堂々と、みんなの前で名前を言うよ。ゆうきくん、見ててね。
夜、みなみの両親が寝室で語らった。
「あなた、またみなみに嘘ついちゃった」
「あいつは疑うことが苦手だからな」
「だからいろいろだまされるのよ」
「それもいいところさ。さ、『タッチ』の続きを読んで寝よう」
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