第6話 世界の見ている夢を観る
世界は夢を観ている。あたかも幻想奇譚の書き出しの一文であるかのようにパチモンが言う。でもそれって、つまりはどういうことなのだろう?
パチモンは世界が、と言ったけれど、広義的には私達だってその世界の一部になるのではないか? となれば、私もまた夢を見ているということなのだろうか?
「ねえそれって、要はあれもこれもみんな、私の見ている夢ってこと?」
「それは違うよ、あかね。今夢を見ているのはあくまでも世界であって、僕らじゃないんだ。僕らはちゃんと目覚めた状態で、世界が見ている夢を観ているのさ」
「世界の見ている夢を、観ている――」
反芻するようにその言葉を繰り返し、自分の中に落とし込んでいく。それでもなおしっくりとこないのは、やはり私がそれを十分に理解できていないからなのだろう。そもそも、世界が見る夢とはなんなのだろう? 説明を聞けば聞くほど、答えに近づくどころか新たな疑問が増えていく。おかげでと言ってはなんだが、もはやパチモンと会話できていることなど当たり前のように思えてきている。
駅へと続く坂道を下り切り、歩道橋に差し掛かる。いつものように自転車を降りて押しながらに階段を上っていくのだが、夢の中という割にはその重さは普段通りであるように感じる。なんなら、前かごにパチモンがいる分いつもよりしんどいくらいかもしれない。
「あかね、あかね」
歩道橋を上り切り、私が内心に日頃の運動不足を嘆いていると、前かごのパチモンが私を呼んで前足を振る。
「ほら、見てごらん」
そう言ってパチモンは空を指さす――ことはできないので、前足を掲げたうえで空を見上げる。私も自転車を押しながら、言われるままにそれに倣って夜空を見上げてみる。
思わず、足が止まる。
どうして今まで気づかなかったのだろう。そう思ってしまうくらいには、圧倒的な煌めき。
あれも、これも、どれも、それも。まるでこれでもかと宝石の粉をばら撒いたみたいに光り輝いていて、文字通りの星の海が広がっている。それこそ、高性能カメラを使ってタイムラプス撮影をしたって、これほどの光景には出会えないかもしれない。
「なに、これ。すごすぎない?」
「やっぱりあかねもそう思う?」
「もちろん思うよ。でも、どうしてこんなにたくさんの星があるの?」
「それはもちろん、あれも夜空の見る夢の姿だからね。夢なら、実際よりたくさんの星々が瞬いていたってなにもおかしくないよね」
「夜空の見る夢?」
見上げた夜空から前かごに目を落とすと、パチモンは「そうだよ」と尻尾を振って見せる。
「さっき言ったでしょ? 世界は今夢を見ているって。だから、あの星空も世界が見ている夢の一部なのさ。そして僕らはその夢を眺めているのさ」
「あの星空も、世界の夢」
再度見上げた満天に呟く。確かにそれは、私の知るどの季節の空とも違っていて、ともすれば寒気がするほどに美しい。しかし、美しすぎるからこそ現実味がないともいえる。
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