第16話
白いワンピースの女子がいつからいるのかわからないが、高史が見えるようになってから五日間、彼女はずっと巨木の幹の影にいた。
梅雨だから雨が降っているのに、濡れていない。
女に声をかけられる最大のチャンスがやってきたとメンバーは騒いだ。
模擬演習の第一歩がようやく始まる。
全員が裏庭に出て、白いワンピースの女の子を遠くから見つめる。
「いくぞ」
慎一が言った。倫はオカルト研究部をやめ、模型研究部に正式に入部することにな
った。
再び三万を払って本当に知明にみてもらい、無意識をつなげて貰ったらしい。
その成果は白いワンピースの女子が見えることで現れている。既にメンバーの一員だ。
「いくぞ」
慎一は新しく買った傘を持ち、そっと女の子に近づく。
声をかける第一声は、慎一に権利を譲ることにした。
「あ、あの。こんなところにいたら濡れちゃいますよ。冷えるでしょう」
言って傘を差し出す。女の子はメンバーを見回し、睨みつけた。
「六人で一人の女に声をかけるなんて。やましいことでも考えているの」
「や、やましいことだなんて。ずっとここにいるから気になって」
慎一はちょっと怯えていた。
女の子は無言でそっぽを向く。見ている学生は誰もいない。
女の子の顔は頬のあたりがふっくらとして、黒目が大きく顔立ちもあどけない。
日本風の美女という感じで、年齢は若いのだとは思えるが具体的な見当はつかなかった。
幽霊は雨にうたれることはないのだろうか。家の前で話をかけてきた細身の女性はどうだっただろう。
あの日も雨が降っていた。声をかけられて舞いあがり顔しか見ていなかったので傘を差していたかどうかなんてまるで記憶にない。
「その、ずっと一人でいるから気になっていたんですよ」
康宏が鼻の下を伸ばし言う。顔に出すな、という様子で慎一が足を踏む。
女の子は康宏を一瞥し、「う」とだけ言って再び黙る。
「今の『う』ってなに。『う』って。なにを言おうとしたの。教えて」
康宏はまた問い詰めそうな口調でいるので、高史が無言で制した。
「君、幽霊なのかぁ」
翔がド直球に訊ねた。女の子はなにも言わない。
「俺、市川誠って言います」
誠がさりげなく前に出て言う。自分だけ最初に名前を覚えてもらおうなんてずるいぞ、という視線が向けられる。
「イチカワマコト?」
女の子は誠をじっと見つめ、ゆっくりと視線をメンバー一人一人に移して口を開いた。
「あなた達は、一体なに」
「この大学の学生で、模型研究部のメンバーです。家の模型なんかを作ってて」
慎一が真面目な表情で言った。
「模型? 建築学科の人?」
「え、えっと。建築学科は俺だけで他のやつらは違うのですが……」
慎一は「表向き」の活動を必死に説明する。女の子はしばらく興味がなさそうに聞いていたが、急に笑いだした。
「あなた達の必死で真面目な顔を見ていたら、なんだかおかしくなっちゃった。どんな活動をしているかはよく知らないけれど、部活動に悪く言う気はないよ。私は悪口を言われて叩かれて、この大学に入る前に死んでしまったのだけれど」
メンバーがまた沈黙をする。そうだ。若くして亡くなっているということは、なんらかの悲惨な経験が生前に起こっているはずなのだ。
聞いていいものかどうかわからずに全員でまごつく。なにか話せよ、と慎一が高史に合図を送る。
「ええっと、死んだっていう記憶も自覚もあるんだ」
しまった。こんなことを聞きたいんじゃなかった。しかしどんなことを話せばいいのかと考えると急にわからなくなる。
彼女は特に気にしていない様子で言った。
「あるよ。死んだ直後お迎えが来て、天国って呼ばれる場所へ行って、そこに住んでいる。でも大学生活を送れなかったことに未練を感じていて、こうして天国から降りてきてみんなの学生生活を眺めているの」
「いつから」
「……おととしくらいから。私の存在に気づいた勘のいい生徒はこれまでに何人かいたけど、話しかけてきたのはあなた達が初めて」
「どうして死んでしまったの」
女の子は高史を見つめた。
「ああ、なんか聞かれていろいろ、思い出しちゃった」
ため息をついている。
「そうだ。部室においでよ。話を聞くよ。すぐそこだし」
高史が言うと、女子は訝しむ様子を見せる。男六人いて「部室においで」。なんという失言。
「俺たちは紳士だぁ。なにもしない」
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