第15話
不意に影がゆらりと揺れた。倫が立ちあがり出入口の前で立ち止まる。そういえば今日はやけに大人しい。
「どこか行くのか」
倫は振り返ると子供っぽい拗ねた表情で、ドアを軽く蹴る行為を繰り返す。
「僕の無意識は君たちと繋がっていない。仲間外れだ」
「子供じゃないんだからそんなことで拗ねるなよ」
誠が励ますように言う。
「まさか、この研究部から出て行くつもりか」
慎一が言うと、倫は益々不機嫌そうになる。
「そんなはずがないだろう。知明さんのところへ行って感性を研ぎ澄ませて、君たちと僕との無意識を繋げてくるんだ。絆を深くしてもらいに行く」
止める間もなく飛び出して行ってしまった。
「絆って、頼んで深くしてもらえるものなのか」
慎一が言った。
「わかんねえ」
高史はそう答えた。三万をまた払うつもりだろうか。
「講義いいのか、あいつ」
誠は呆然としている。
「どんな育ち方をしたんだ」と康宏。
「普段は偉そうだけど内面は繊細で、コンプレックスもあるんだろう」
翔が言った。そうして、部室内に沈黙が流れる。
「でもなんか、かわいいな」
高史は呟いていた。メンバーから変な視線を感じたので、違う、そういう意味じゃないと叫んだ。
時々むっとくるけど憎めない。ただそれだけだ。最初の頃の不愉快さは、既に高史の中から消えている。
慎一はやれやれと閉じられている窓にもたれかかり外を眺める。
「あ。女がいる……でも……」
慎一がなにか言いたそうなのを遮り、四人は一斉に窓に飛びつく。
巨木の幹の影に、ノースリーブの白いワンピースを着た女子がおり、顔はよく見えないが髪を肩のあたりまで垂らしている。
「ここの学生だよな。肩出し白ワンピース、沁みるな」
高史は自分で思った以上に高い声を出してしまった。
「女なんてどこにいるんだよ」
康宏は探しているのか裏庭を眺めまわしており、高史は慎一と顔を見合わせる。
翔と誠も見えないらしい。
慎一は再び窓の外を見て、身を震わせた。
「そういえばあの子は傘をさしていないな」
朝から雨は降り続いており、やむ気配はない。
「幽霊なんじゃね」
言うと慎一は高史を見つめた。
「俺も見えるようになったのか」
誰もが黙った。慎一は両手をあげ、激しく喜んだ。
他の三人からはお前らだけずるいぞ、とブーイングの洗礼を受ける。
「落ち着けよ。無意識は繋がっている上に、感染力が強いのがいるって知明さん、言っていただろ。拾いやすい体質はこの五人全員だと思う。なら、感染力が強いのは誰かとずっと考えていたんだけど、これって高史のことだと思うんだ」
慎一が言う。
「俺?」
思わず訊き返していた。
「いち早くなにかを感じるのは、いつも高史なんだよ」
よくわからなかった。自覚がまるでない。
「そうか。この四年、最初に風邪をひくのはいつも高史で、俺たち必ず感染するもんな」
康宏が思い出すように言った。気づかなかった。
「そうなの? でも風邪のウィルスを移すのと霊感を感染させるのは別じゃないのか」
慎一はいや、と否定した。
「おまえに限っては同じだ。始まりはいつも高史だ。初詣に行って、高史が最初におみくじを引くだろ? するとおみくじの番号は違っても、みんな同じ結果がでるんだ」
それは確かにそうだった。おみくじの結果が五人一致することが偶然だと思ったこともなかった。ではなんだろうかと考えてみたところで、はっきりしたことはわからずにいたのだ。
「つまり高史は感染力が強い。もともと霊感もインスピレーションもある」
「見えるようになる、そう言いたいんだなぁ、慎一」
「よし、高史にあやかれ!」
慎一が叫んだ。三人が一斉に飛びかかってくる。やめろ、といってもやめない。
「俺にもうつせうつせ。吸い取らせてもらうぞ」
三人から声があがり、翔の馬鹿力のせいで尻を床に打った。
脇腹を触られたせいか、それとも空気のように扱われない自分が今ここにいて、ぼっちだった頃のトラウマを少し克服できていることに感動しているのか、高史は変な声を出して笑っていた。同時に尻を揉まれたこともちらちら蘇るが、こいつらはそんなことはしない。笑いが止まらなくなって涙が出てきた。だがこんなものでは失われた中高時代は埋まらないのだ。
「おい、大丈夫か。涙出てるぞぉ」
三人が手を止め、高史から離れる。
「大丈夫だ。みんな、遠慮せずにどんどん感染しろ」
そうして、無意識が繋がっているためか、本来人が持っている能力がメンバーに発揮されたのか、メンバーの言うとおり高史によって見る能力が感染したのかはわからない。一日経つごとに、一人ずつ、五日をかけて、白いワンピースの女子が見えるようになった。
リアル女子と接触することよりも遥かに簡単な現象として起きたことが不思議だった。
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