第1話 〜私の秘密〜
私の今年度初の帳尻イベントは団対抗リレーの
盛り上がりを直前にしてズッコけるという
クラスメイトからのブーイングと私を責めるのは年齢的にも大人気ないなという理性が働き始めた高校生達の無言の葛藤により本当に盛り下がってしまったが、私がこけたというタイムロスがある中、赤団アンカーだった鵜ノ崎陽
(うのさきはる)によって無事優勝することが
できた。 彼は高一の後半から急激に背が伸び、
今回の体育祭の一件で尚更彼の株は鰻登りである。
クラスの大半が彼の周りを囲み祝福ムードになっているが流石の私も居心地が悪いため早めに教室に避難。
そんな私にもよくつるんでるメンツがいる。
そそくさと教室に向かう私の背後から
『すーぴょん待ってー、ねぇ〜すーぽよ〜』
と3人のギャルが追いかけてきている。
恥ずかしながら私はぴょんやらぽよやら
ギャルギャルしいあだ名で呼ばれている。
あまり同じ人種とは思われたくないので、バレ
ない程度に脚の回転を速めている。
がしかし結局皆向かう先は同じなため教室で呆気なく捕獲された。
『すーぴょん派手にやったねぇ〜笑笑
スターの爪痕の残し方は一味違うわ笑笑』
といじり倒してくる横山美麗(通称みーたん)はいつも後ろの席にいる。美しく麗しいと書く自分の名前に名前負けしているといつも鉄板ネタの
ように自虐してくるがもう5月末である。
流石に飽きてきた。
『え〜でも鵜ノ崎まじかっこよかったぁ。
すーぽよバトン渡す時好きになんなかった? ねぇ。』
と言ってる恋多き女は阿部しおり
(通称さだちゃん)
彼女のあだ名の由来だが、失恋した次の日の登校ヘアスタイルが貞子みたいな山姥スタイルだったので貞子→さだちゃんになりました。
原型留めてないタイプのあだ名だが、彼女何の抵抗もなくすんなり受け入れてるので私たち界隈
ではさだちゃんが定着している。
『てか今からうちらで打ち上げいこー、サ○ゼにする?』
と私の失態にも触れず、次どうするかを話し出した彼女は田中心愛(通称ココア)。このキラキラネームの命名から分かる通り、彼女のご両親は生粋の元ヤンとギャルという絵に描いたようなサラブレッドだがこの3人だと一番ギャル濃度薄めである。会話に沈黙が生まれても彼女と一対一の場合あまり気まずさを感じないので個人的に居心地は悪くない気がする。
このメンツでいると基本私には人権がない。
みーたんが行くというなら私も行くことになる、強制参加。そう、みーたんは女王様である。
よく言えば見た目地味を装っている私は可愛がられているのだろうか。
さだちゃんが
『ごめん、うちあの根暗に呼ばれてさぁ笑』
『えっ?石田?』
『いや〜まじ困るわぁ笑笑 秒で断るけど。
まじでない、いやほんとないわぁ笑
すぐ振ってそっち合流するから店の場所だけ後で送っといて!』
困るわぁと言いながら全く困ってなさそうな彼女、冴えない思春期少年の淡い恋心をへし折りに行くとウキウキのさだちゃんを残して私達は学校を後にした。
今日はサ○ゼの口になっていると言い張るココアと喫茶店の窓側席で黄昏たいみーたんの論争の結果、私達は喫茶店を選ぶことにした。
私達の放課後ライフは割と充実している。
基本世の学生はひと昔前と大して変わりはなくファストフードやチェーン店のカフェに行くのだが私達には隠れ家のような第二の家のような存在になっている喫茶店がある。
みーたんの叔父が経営するフサエ珈琲店。
普段はママ友達の溜まり場と化しているが、
週末ではない限り家事に追われる主婦達は皆、
住み家に帰っていくので割と空いていたりする。
そんなワンオペ主婦のパワフルさにはいつも脱帽してしまう。
『あぁ、いらっしゃい!』
『フサエ〜!今日も来たよ〜ん!
彰、今日も私達はお宅に納税しに来たので
よろしく。』
『いやお前達結局俺に奢らせるだろ?』
『うちら今日は体育祭だったのー、彰今日ビジュいい!まじで、イケてる!ねぇお願い!』
このみーたんの母方の叔父横山彰(よこやまあきら)さんこそ主婦の溜まり場の番人である。
何やかんや押しに弱い彼は私達の放課後のお財布担当にされている。
彰さんのパートナーサキさんと喧嘩した時に私達で乙女心講座なるものをしてやると報酬にプリンを付けてくれるので、喧嘩しないかなと思いながらいつも扉を開ける矛盾した私たちは少し性格が悪い。
ちなみにこちらの看板猫フサエは歴代3代目である。この喫茶店の名前もこのフサエさんから来ている。日々の鬱憤をフサエさんは忘れさせてくれる癒し、セロトニン生成担当だ。
カウンターで
『彰さんいつものお願いします〜』
とココアの媚びる声、私達も『マスターいつもの』とカッコつけて言える程度にはここに通っている。
みーたんの思惑通り私たちは窓側席へ今日も座る。
『しおりちゃん今日は来ないの?』
『さだちゃんなら後でくるよ!今あいつはアオハル中だよ。』
『ここにいるお嬢さん達ももうちょっと浮ついた話を提供してくれないかな?お兄さんずっと待ってるんだけど?』
『アラフォーお兄さんは流石にきつい笑笑』
そんな身内ネタを言い合う姿をBGMに私は皆に言っておこう。
今からこの喫茶店の前をさだちゃんより先に通るのは噂の根暗陰キャ石田である。
そしてさだちゃんはその1時間後、
貞子シーズン2でここにやってくる。
薄々気づいているかもしれないが、私には人の
不幸のタイミングが分かる。
そう、始めに話した皆平等に訪れるあの人生の
”帳尻“である。
ここではこの帳尻を”クエスト”と呼ばせてもら
おう。このクエストも訪れるタイミング、
クエスト内容も大なり小なり差がある。
クエスト内容が小さくなればなるほど私がクエストの情報を知る時間はクエストが訪れる直前となる。
今回のさだちゃんの件でいうと、喫茶店に着く前辺りだろうか。
もっとクエスト内容がディープに壮大なものになれば出来事が起こる数日前とか週単位で変わるが、1週間前になんて事は生きててそうそう無いものだ。
と言っても漫画じゃない、ここは現実。
こんな特殊性質もあまり融通は効かず、あくまで統計的に見たらそうというだけで実際かなりアバウトで、ビッグクエストの場合でも発生直前に
把握する場合もある為一概には言えない。
このクエスト内容を私が察知する時、大体脳内に直接その映像が流れ込んで来るような感覚がある。さっき私の脳内には石田が石田の妹をいびってるという事でさだちゃんにかまをかけてる様子と石田がこの喫茶店前をさだちゃんより先に通る→貞子シーズン2突入という事だ。
私達の高校と最寄りのバス停の間にこのフサエ喫茶店はあるので、校内でも少数派バス通学の石田は喫茶店の前を通らざるを得ない。
『ねぇ、あれ石田じゃね?』
ココアの声と共に窓の外へと、ここにいる全員の視線が向いた。
私の察知通り石田はさだちゃんより先に堂々とこの喫茶店を通過していく。
『えっさだちゃんは?石田が歩いてるって事は
うちら置いて先帰った?』
『いや、流石に…』
『ちょっとアタシあいつに聞いてくる!』
とみーたんが勢いよく外に出てった。
『みーたんもよくやるよねー。』
とココア
『そうだね。』
と私も返す。
数分後みーたんが特大スクープを握ったとでも
言わんばかりの顔で戻ってきた。
彼女が入手した情報は
『あいつに告白?するわけないじゃん。』
という石田の鋭い一言だった。
私達3人でさだちゃんに何があったのか、答えの出ない論争を始めていつもの彰スペシャルを8割完食したところでさだちゃんが哀愁漂う姿で
喫茶店にやって来た。
『私石田にさぁ、マジギレされてぇぇぇ』
『妹虐めたってぇ、次やったらこれで済むと思うなヨォってぇ…うぁぁあ〜』
『確かにいじり強かったかも知んないけどさぁ
全然そんなつもりじゃないのに。私だけなの?
上手くやれてると思ってたの?』
嗚咽しながらもいつもの弾丸トークを展開する彼女に私達は今聞き側に徹している。
さだちゃんと石田の妹は体育祭の実行委員で繋がりがあったらしく、コミュニケーションと思っていじっていたら石田の妹が傷ついたという事だったらしい。
確かにいじりが強いと第三者として私は感じたことがあったし、石田妹の顔が引き攣っているところを見たことがある。
みーたんもちょっと強くないかと苦言を呈している時もあったがあまり効果はなかったようだ。
体育祭準備期間、私がこのクエストの予告的なものを感じる事は少々あったので正直悪い予感はしていた。
本当にさだちゃんに悪気がなかった事も私は
知っている。
友達として助言するべきと思うが、特に何かを
指摘する事を私はしなかった。
というか何もしない事が最終的に彼女の為になると思った。
この私の不思議な能力についてもう一つ話して
おくべきことがある。
他人のクエストを回避させるのにはリスクが伴うという事だ。
今回の事例のように、もちろん今まで私が手助けする事ができたであろう案件は沢山あった。
しかし、私がクエスト回避に向けて動いた場合、そのクエストは無効にならず、次回クエストに
持ち越しとなる確率が50/50であるのだ。
今回の事例で言えば、もし私がさだちゃんのこの石田妹との件をあの手この手で回避したとする。
その場合、次にさだちゃんの人生に訪れる帳尻クエストに今回、回避した分の試練が上乗せになる可能性があるのだ。
今回のクエストはサイズでいうとそんなに大きいクエストではない。
がしかし上乗せになった場合取り返しがつかなくなるかもしれないのだ。
例えば大きな事故に遭う、命に関わる問題になったり、今後彼女が立ち直れなくなるような
キッカケになるものに変わる、意図せず生んでしまうかもしれないのだ。
上乗せになる分量も回避したクエストと比例するわけではないので爆弾投下案件になってしまう可能性も否めないのだ。
しかしながら今回のさだちゃんの件に関しては
彼女にとってもいい機会になったのではない
だろうか?
自分に過信をしない事、日々社会は進化しているが、未だ言葉の消しゴムはないのだ。
世の中の価値観は本当に多種多様である。
日本で通用する価値観が海外ではタブーな扱いを受ける事もあるのだ。
私達はまだ高校生、でももう高校生。
悪気がなくとも自分の落ち度は素直に認め、
反省し、今後気をつけて行けばいいと思う。
大人になる最後の仕上げの時期だから。
こうして直接コミュニケーションを取っていてもヒューマンエラーは起こってしまうのだ。
だからこそ自分を律し、意識するのが何よりも大事だ。
にしてもあの根暗陰キャの石田がここまで感情を表に出して伝える姿には意外にも驚いた。
いつもクラスでは空気みたいな彼だが、家では立派なお兄ちゃんのようだ。
大人になればなるほど、こうも他人に説教を
してくれる人は貴重な存在だ。いつかさだちゃんも石田に感謝する時が来るだろう。
割とハッキリものを言ってしまうさだちゃんだが私は嫌いではない。
この帳尻クエストを糧にまた素敵なレディになって行く姿を飯沼翠は友人として少し楽しみにしていようと思う。
帳尻 ゴルゴンゾーラしずえ @Shirukosandono_yousei
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