第2話 生き物が何かを食べているのを見ていると気持ちが和むという話

「あんたは命の恩人だ、オイラにできることならなんでもさせてくれよ」


 町に戻って、ゴブリンどもを一掃したことを報告するとすぐに話しかけてきたのは先程助けたプチリングだった。

 ショートは苦虫を噛み潰すような顔をしてそのプチリングを見た。


「あ、名乗ってなかったね。オイラはグラスさ」

グラスコップ?」

「草むら・草原ってことさ」


 得心いったような顔をして、ショートは荷物を持って立ち去ろうとする。

 グラスはそれを追いかけた。


「まっとくれよ、まだ話は終わってないぜ」

「俺にはもう話すことはない」

「オイラにはあるんだよ!なあ、見た感じ、あんたは戦士だろ、腕利きの盗賊が要るんじゃないのかい?」


 ショートが立ち止まって、グラスを品定めするように見る。見下ろす形にはなるが……。

 くせっけ気味のブラウンのモジャ髪、つるりとした横長気味の顔の真ん中には、丸い鼻が載っかっている。

 手足は短いが、はしっこそうな様子だけはわかった。


「腕利きがいるなら紹介してもらいたいもんだが……」

「あんたの目の前にいるだろ」

「え、お前がか?ゴブリンに殺されかけてたお前が?」


 そう言われて、グラスもバツの悪そうな顔をした。

 痛いところをつかれたらしい。隠してもいないことではあるが。


「パーティの仲間をかばってやられたんだ。普段ならあんな奴ら、敵じゃないぜ」


 得意げにグラスは言うが、ショートは意に介さず荷物をまた持ち直すと歩き始めた。


「なあ、どうだよ、プチリングの盗賊は俺くらいっきゃいないぜ、この辺りじゃ」

「……腕次第なんだがな。とりあえず、今日はもう寝る。じゃあな」


 そう言うと、部屋の扉を閉めた。

 外からは、


「ちぇ……」


 とだけ聞こえた気がした。


 -----


「ねえねえ、晩ごはんはー?もうお腹ペコペコなんだけどー」

「……お腹?」


 ガタリと置いたテーブルの上、鎮座したる美女の首が空腹を告げる。腹部などどこにも見当たらないのに。

 などと考えながら、ショートは鎧を外し、服を着直していた。


「酒場からいくらかもらってきている。俺が大食いなんじゃないかと疑われているのは気になるが……」

「キサマくらいのちびっこは、もっと食って背をつけるべきだな。さあ、早く食べさせてくれたまえよー」

「……」


 袋の中から、チーズ、パン(特別硬いやつだ。地方ではみんなこんなもん)、干し肉、レーズン、その他、雑多な食物を出すと、ナイフで少しずつ切り落として、ブランチの口へ運ぶ。


「ほっほっほ、この瞬間だけが幸せよのー」

「食べたものがどこに消えているのかだけが不思議でならないが」

「無駄口をたたいてる場合でないわよ。さあ、さっさと次のものをおよこしー」

「はいはい」


 ささやかだが、にぎやかな食事が終わる。

 ショートは、ポーチの中から小さな粒を出して口に入れた。


「げ、その葉っぱの噛みもの、まだやってるのー」

「……これだけが俺の楽しみなんだ、文句言わないでくれ」


 すこし爽やかな芳香が漂ってきて、モゴモゴとショートが口を動かしている。

 ショートは荷物の中から地図を取り出すと、ブランチの前に広げた。


「ゴブリンどものおかげで少し余裕がある。次の町へ行く途中には、古代メドリア期のものと言われる屋敷があって……まあ有り体に言ってダンジョンだ。調べるならここだろ」

「そうだねー。でも、ショートみたいな突撃バカ一人で大丈夫なのか?」

「一人にしたのは誰のせいだよ。……気は進まないんだが、あのプチリングを連れて行くつもりだ」

「へえ、お優しいことですね」

「盗賊の仲間がいりゃ、こんなこと考えずに済んだんだが」

「剣だけの一点バカじゃね」


 そう言われるとショートは苦い顔をして、ぺっと口の中のものを吐き出した。


「足りなくなったものは仕方ないよねー、身体とかー、盗賊とかー」

「はいはい、わかってますよ。わかってますとも」


 ブランチの小言をいなしつつ、ショートは部屋の真ん中に横になると、呪文で明かりを消した。


 -----


 日が昇るか昇らぬかという時間にショートは目を覚ます。

 小さく<ライト>と唱えると、部屋の中が明るくなる。

 相棒の生首はまだ夢の中にいるようだ。


「行くぞ、ブランチ。寝ている場合か」

「んぁ?!……早いよー。それにどうせ私は首だけだから、起きてようが寝ていようが変わらないでしょー」


 そう曰うブランチを布にくるんで鉄兜に押し込むと、ショートは荷物を手早くまとめた。

 部分鎧を着け、長剣を腰に下げる。


「その鞘も大分ボロボロだね、そろそろ作り直しじゃないのー」

「……できれば魔法の鞘が欲しいんだが」

「ショートの口から何かが欲しいなんて言葉、初めて聞いたよー。なんの気が変わった?」

「いいだろ、別に」


 乱暴に鉄兜を荷物にくくりつけると、部屋を出た。


 マスターは、昨日入ってきたときのように、カウンターでグラスを磨いている。


「よう、手練の剣士よ。随分と早起きだな」

「いつまでも寝てる冒険者はモグリだよ。いい部屋だった。床の硬さがちょうどいい」

「何言ってるんだ、おめえさんよ。ベッドが良かった、だろ?これからどこか行くのか」


 ショートは、長剣の柄を何度かなでていたが、


「まあな」


 とだけ、言って、ドアへ向かった。

 そこに飛び込んできたのは、プチリング、ショートに執心なグラスである。


「いよう、おはようさん、旦那。いよいよオイラを連れて行ってくれるよな」

「……これから行くダンジョンで役に立ってもらったら、まあそれでいい」

「まかせときな、ダンジョンは得意中の得意よ!」


 グラスは鼻の下を指でこすると、嬉しそうにしてショートのあとについて歩いている。


 目指すダンジョンは、更に2日はかかるだろう。

 金のかかることだ、とため息をついて言うとショートは外へ歩き出ていった。

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