【カクヨムコン参加作品】俺が持っている首がよくしゃべるのだが! ー剣と魔法と呪われた姫君ー

西風 隼

第1話 鉄兜をぶら下げた騎士

 ひゅうと辻風が駆け抜けていく閑古鳥が鳴く町。

 がたりがたりと煽られている看板には、白い鳩が描かれている。

 ベッドとジョッキが並んでいる様子からして、宿と酒場を兼ねているのだろう。

 酒場サルーンのような両開きの扉を押して入ると、中は雑然としたテーブルと、しかつめらしい顔をしてグラスを磨く中年のヒューマンがいた。


 扉を押して入ってきた男は、ガタリと荷物を床に置くと、いや、鉄兜だけは横の椅子に置いたが、グラス磨きに余念がないマスターへと話しかけた。


「宿と、あと仕事はあるかな」


 大分、擦り傷と凹み傷があるその部分鎧の様子から、相当の荒くれ者と見えたが口調は丁寧だ。

 朝露に濡れた烏とてこんなに深い色にはならないだろうという黒髪は、油でだろうか撫でつけられていた。


「注文もしないで、出し抜けに話をするやつはいねえぜ、おらよ」

「……すまん」


 何を言われずとも、マスターが出したショットグラスには、琥珀色の液体が満たしてある。

 それには手を付けずに、銅貨を2枚置くと、戦士は続けた。


「次の町までの旅費と、宿の払いとが賄えるくらいでいいんだが」

「ドラゴンを倒して一攫千金しようって気概はないってか。ふん、まあ、それくらいなら、あるかもな、何でも1枚取ってきな」

「恩に着る」


 マスターはカウンターの横にあるミッション・ボードをあごで指す。

 ミッション・ボードの前に立ってみれば、小さなものは少女のための花の採取から、大きなものは山に住んでいる獅子頭鷲グリフィンの討伐まで、ごちゃごちゃと貼り付けられていた。

 戦士は、じっと舐めつけるように見つめる。


「あんまり時間のかかるやつはイヤだからね、ショート」


 耳元にそっと、そんな声が聞こえるような気がして、ショートと呼ばれた戦士は後ろを振り向く。

 が、すぐにミッション・ボードを向くと、1枚引き剥がしてカウンターへ戻ってきた。


「ゴブリン退治、か。駆け出しじゃねえんだから、もっと良いヤツがあるだろ」

「一人でやるんだ、4人分をせしめられるんなら、その日の暮らしには十分だろう」


 紙を見て渋い顔をするマスターに、戦士は何でもないというふうな顔をして言った。


「まあ、いいが……。この町のすぐ北には、ゴツゴツとした岩原がある。そのあたりを根城にしているゴブリンの一団が出ているってんで、まあ、討伐を出す必要があるわけだ。既に、家畜やら人さらいやらと言う話も出てるんだ」


 それほどまでに喫緊の事態ならなんで放置されていたんだと思って紙を見るが、どうも新しい。


「実は、一度、引き受けたパーティがいるんだが、戻ってこなくてな。報酬も引き上げさ」

「ふうん、俺には随分と挑発してくれたようだが、ドラゴンよりもこっちのほうが急ぎじゃないのか」

「ドラゴン退治の紙なんか貼ってなかっただろ、そういうわけだから、本当は一人ぼっちのヤツよりも腕っこきが何人かの方が助かるんだが、まあいいだろう頼むぜ」


 そう言うと、マスターは銅貨を何枚か、カウンターへ置く。前金だ。

 普通はこれを元手にして冒険の準備をする。と言っても、これではせいぜい、魔法の薬ポーションを一つ買うので精一杯だろうが。


「幸い、日は高い。今から様子見に行くか」


 つぶやくように言うと、荷物と兜、ガチャリと鳴らして背負うと、戦士は店を出ていった。


 -------


「ゴブリンの祭りがあるつっても疑いがないほどの痕跡だな」


 岩場の様子を伺いながらショートが独り言を言う。

 成人の背の高さ、おおよそ6フィートか、そのくらいの高さの岩がごろごろ転がっている。

 その周辺の地面を見れば、小さい足跡が無数についていた。


「場所も悪いし、面倒なんじゃないのー、ショート小さいの

「だから、仕事になるんだろ。この地形なら、隠れるところが多くて良い」

「相手もそうなんじゃないかなー」


 ショートがクックッと笑うと、ガチャガチャと先へ歩いていく。

 途中で、血にまみれた地面に出会う。

 先に引き受けたというパーティとゴブリンが闘った跡だろうか。


「怪物どもの血の方が多いようだな……」


 そうつぶやくと、さっと腰の鞘から長剣を引き抜いた。

 岩に寄り添うように身を隠すと、じっと先の道を見ている。

 すると、呻くような声と、ガサガサとした雑多な歩行音が聞こえてくる。

 さて、とショートは岩の上を眺めた。登るには時間が足りないか。


「仕方ないか、さてさて」


 身を潜める岩の横に、砂色の小鬼が現れたのを見て取るやいなや、戦士ショートは長剣を振るった。

 パッと緑色の炎がきらめいたかと思うと、剣の刃は小鬼の頭を容易に切り飛ばした。

 バタリと小鬼が倒れるのを見ずに、後ろに立っていた別の小鬼に対して左手から魔力が放たれた。

 後ろの小鬼は、前を歩いていた小鬼の首が落ちるのを見ると手に掴んでいた人間をどさりと落として、くるりと背を向ける。


「……」


 ショートはぐっとその小鬼を睨めつけると、長剣からは、銀色の魔力が放たれ、走り去ろうとした小鬼の背中に深々と刺さった。

 小鬼は叫び声も上げることなく絶命した。


「大丈夫、ではないよな」


 ショートは、落とされたその人の近くに寄る。若い男に見える。息も絶え絶えではあるが、生きてはいた。

 ため息をひとつ吐くと、荷物から魔法の薬ポーションを一つだし、口に流し込んでやる。

 死にそうだった男の表情も少し和らぐ。


「う、うう……」

「あ、目を覚ますよー」

「思ったより強靭なのかもな」


 男が身じろぎして、上半身を起こした。ショートも、助け起こしてやる。


「あ、あんたは?」

「多分、あんたらの後任だ。他のヤツはどうした」

「あいつらと戦闘になって、殺されたよ」


 男はあたりを見回す。何かを警戒しているようだ。


「この岩場が仲間を分断して……あいつらどこから出てくるかわからない。あんたも気をつけた方がいい」

「へー、でも大丈夫、アイツラのなまくらくらいなんてことないんだからー」

「余計なことは言わないでくれ」


 男は不思議そうな顔をして更に見回す。


「さっきから、なんなんだ、あんた一人じゃないのか」


 ふうと、ため息をショートが吐くと、話し始めた。


「相棒がいるんだ。あまり見せたくないんだが」

「私、ずっと閉じ込められてるんだから、ちょっとくらい外に出してくれてもいいんじゃないのー」

「合わせてやるけど、あんまり他で話さないでくれよ」


 ショートは、荷物にぶら下げてあった鉄兜を丁寧に出すと、男の方へ向けた。

 男がごくりと生唾を飲み込む。

 ショートは、面頬を跳ね上げると、かくしてそこにあったのは、美しい女の……首であった……。


「あら、こんにちは。思ったよりもずっとブサイクだねー、きみー!」

「あ、な?なに?」

「こいつは、ブランチ。俺の……仲間だ……」

「仲間?は?」


 男は混乱しているようだ。それはそうだろう。

 兜の中には、しゃべる生首がいるんだから。


人間ヒューマンかと思ったけど、あなた、プチリングなのね。」

「あ、ああ。」


 プチリングとは、この世界にいる妖精の仲間で、成人しても5フィートに届かないくらいの背たけの種族だ。

 生命力が強く、非常にすばしこいことで有名。


「まっすぐ町へ走っていけば、なんとか命は助かるだろう。俺はこのまま、ゴブリンどもを討伐する」

「あ、あんた一人で?」

「ああ、急いで金がいるんでね、じゃあ気をつけてな」


 -----


「良かったのー?、一人で行かせてー」

「連れて行っても役に立たないしなあ」

「そうじゃなくてさー、一緒に帰ったほうが安全だったんじゃないのー」


 ショートは、ガチャリと荷物を背負い直した。


「そうかもしれないが、今回はそこまで手が回らない」

「そう、ケチなんだねー」


 苦笑いのような顔をすると、ショートは更に歩く。

 地面の足跡は増える一方。根城がよほど近いと見えた。


「敵の数は……わからんな」

「数えるだけ無意味でしょー」

「まあ、そうなんだけどな」


 長剣を腰から抜き放つ。ショートの視線の先には、ぽっかりと洞窟が開いているのが見えた。

 お決まりだな、と笑ってショートは更に進んでいく。


「<ライト>」


 小さくつぶやくとショートの前に小さい明かりの浮遊物が現れた。

 洞窟の中が煌々と照らし出される。


「こういうとき、駆け出しなら小さい炎にしなさいって習うんじゃないの」

「もう俺は駆け出してる場合じゃないからな、駆け足で終わらせたいのさ」


 洞窟の中はいくつかの部屋になっているようだったが、その中で見つかったのは、小鬼どもが食べたのであろう家畜たちの骨だった。


「動物の骨しかない?」

「……みたところそうだ」

「じゃあ、人種族はー??冒険者だっけー」

「死んだヤツはほったらかしだろうし、さらわれたヤツに関しては考えたくもないね」

「そうだねー」


 かくもこの世界というのは厳しいものか、と先へ進む。

 何度かの小競り合いはあったが、ゴブリンどもはショートの敵ではなかった。

 首をごろりと転がす度に、苦い顔をする必要はあったが。


「命を大切にしてもらいたいね」

「頭がいいヤツらなら、人間を殺そうなんて思わないよねー」


 まあ、そうだ、という間に更に転がるゴブリンの首ふたつ。

 こうなってくると逆に楽しいものだ。


「お、一番奥には親玉がいるもんだな」


 どこも大雑把な広さはあったものの、奥の広い部屋に座っていたのは、ゴブリンどもが10からと、ひときわ大きなのは、オーガと呼ばれた怪物であった。

 その横には、慰みものにでもされたのか、人の死体が転がしてあった。


「……まあ、今回は仕方ないな」

「あんたが気に病むことないわよー」

「グギギ」


 無視して話が進んでいるのが不服なのか、オーガは立ち上がると、傍らにあったこれまた大雑把な得物を手に取る。


「木の棒で俺をどうにかするつもりか?なめられたもんだな」

「あれでもアイツラには武器なんだと思うよー」


 それはそうだというと、横のゴブリンどもがショートめがけて、飛びかかってきた。


「なんかゴブリン・シャーマンもいるんだけどー」

抵抗セーヴするから大丈夫」

「大丈夫ではないんじゃないー」


 シャーマンの杖の先から飛び出した魔力の炎は、ショートの帷子へ当たり、ぱっと炎の花が開く。

 しかし、炎それ自体はショートに傷を与えることはなかった。


「グギギャ」

「俺には炎の護りがあるのだ」


 ショートは首元の甲冑に埋め込まれている護符を指差す。赤い光をにじませて、護符は炎を吸い込んでいるようだった。

 そして、ひらりと跳躍すると、長剣は緑の炎を吹いてシャーマンの首を切り落とした。

 立っているゴブリンはほぼいない、逃げようと背中を向けるや、銀色剣の魔力がゴブリンたちを切り裂いたからだ。


「グゴゴゴゥ」

「こいつもさっきから頑張ってたんだけどねー」


 オーガの棍棒をいなしながらショートがつぶやく。

 無傷、とは行かず、部分鎧に凹みがついていく。棍棒を受けて弾き飛ばされるたびに、ショートは羽根のように地面に降り立つ。


「ちょっとは役に立ってもいいんじゃないの」


 ショートがブランチに言うと、ブランチは不満そうな声で


「首に何を求めてるの。私、首だけなのよ、ちょっとはねぎらってくれてもいいんじゃないのー、ちぇ、アブラカタブラ!」


 などと返したものだ。しかし、次の瞬間には、きらめく粒子がオーガの周囲に現れ、オーガはそれに気が取られたように立ち尽くす。


「よく言うぜ、輝くホコリか。」


 ショートのつぶやきが聞こえるやいなや、今までとは違うきらめくような冷気が剣から吹き出し、それがオーガに振るわれると、オーガはどさりと倒れ伏した。


「首は持っていかなくてもいいだろう」

「手を抜いたら、報酬減らされるんじゃないのー」


 思い直したのか、ショートはオーガの耳を切り落とし、袋に詰めた。

 同様に、ゴブリンの耳も集める。


「野蛮だねー」

「よく言うよ」


 魔剣士ショートの小さな冒険はこれで終わったようだった。


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