第3話 一番警戒しているのは最初のドアだけという話

「道中なにごとも無く……というわけには行かないのは、冒険者の必定か、オイラたちは降りかかる火の粉を叩いて落とさないとならないのだった」

「さっきから何をブツブツと言っているんだ、気味が悪いからよさんかー」

「いや、首だけの人に言われたくない、そっちのほうがよほど不気味だよ」


 この二人のやり取りを聞きながら歩いていると普段よりもずっと疲れる気がする。ショートは油断なく辺りを警戒しながら道を進んでいく。

 警戒してやってんだから、ちょっとはこっちのことも二人には気にしてもらいたいもんだ、と思いながら。

 背嚢はいのうにくくりつけた鉄兜がガチャガチャと揺れるたびに、「ひゃっ」だの「ハッハッハッ」だのブランチの楽しそうな声が聞こえてくる。


「鈴じゃないんだから揺れるたびになんか音を出さなくていいんだ、少し静かにしていてくれよ」

「そうもいかないよー、ショート短いの。私だって、ぶらぶら揺れていて不快なんだからー。視界が自分の思い通りにならない歯がゆさをキサマも感じてみればいいのだー」


 ふん、と一息、鼻をならす。


「ごめんだね。第一、アンタのことを運べるのは俺に手足があるからじゃないか」


 かかる火の粉があったかどうか、ショートたち一行はその後、語ったという記録はないが、とにかく3日も歩いて 古代メドリア期の貴族屋敷跡と思われる地上に露出したダンジョンへ到着した。


「ショートの旦那、これでもダンジョンなんですかい」

「グラス、お前、思ったよりもわりかし初心者ビギナーなんだなー。ダンジョンってのは、洞窟やら、地下に下っていく階段から入るのだけじゃないんだぞー。こういう古代の屋敷やら、城塞なんかもダンジョンと呼ばれたりするんだー」

「へえ、首だけブランチ様にかかれば誰だってビギナーですよ」

「うるさいぞ、お前たち」


 そう言いながらショートは持ってきた荷物をドサドサと地面に置きだした。テントや毛布(といってもただのボロ布に見える)、調理道具、そんなもんたちだ。


「置いて行くんですかい?」

「ダンジョンの中で寝泊まりするバカはいない、と言いたいところだが……。規模によってはする。今回は、必要ないだろうという予測だ。それに」


 と、言って屋敷に目を向けた。


「いくら中の通路が広いとしても、大荷物を持って立ち回りできるとは思えん」

「そんなもんですかね」


 金を持っている冒険者なんかは荷物持ちヘンチマンを雇って運ばせたりするらしいが……。

 あいにく、ショートの懐事情は厳しい。


「本当なら離れたところから様子見で観察したりするんだが……。幸いまだ日は高いし、これから入って出てくる分には必要ないだろ」


 そう言って、荷物から冒険用のポーチと、あと麗しの鉄兜なまくびを背負う。


「グラスも、盗賊道具だけでとりあえずは良いと思うが……まあダガーぐらいは持っていったらどうだ」

「そうさせてもらいますよ」


 準備が終わった一行は屋敷のドアの前に立つ。

 ショートは顎でしゃくってドアを指し、グラスに調べろと暗に告げた。

 グラスは小さくうなずくと、ドアに慎重に触れる。


「何も……ないかな」


 次に耳を当てて、中の音を聞いている。ドア自体には何もなくても、開けた先になにかがあるということは考えられる。

 無いとみたらしく、鉄の棒みたいなものをポーチから出すと、ドアノブに当て始めた。

 何もないとわかると手でドアノブに触れ、そして鍵穴を見ている。


「まあ、壊して中に入ってもいいと思いますがね」

「鍵がかかっているのか?」

「うーん、どうだろ、そうですね、鍵がかかっています」

「お手並み拝見とさせてもらう」

「そうですかい」


 ドアを蹴破って入ってもいいが、足が使えなくなっては困るから。と、ショートは言った。

 そうかもしれない。とグラスが思ったかどうかは定かではないが、グラスが針金みたいなものを数本、鍵穴に突き刺して……次のときにはガチャリと錠が開く音がした。


「思ったより鮮やかだな」

「経験が違いますから」


 冒険者としての経験ではなく、盗賊としての経験の方が多いのだろうとショートは考える。


「便利だねー」

「ブランチさん、オイラはアイテムじゃないんだぜ」

「あら、そんなこと言ってないよー」


 ふん、と言ってグラスはドアを開けた。先には玄関ホール。上の階まで吹き抜けている。

 典型的な館のつくりのように感じるが……。


「見せかけと、館の中身が違うというのはメドリア期の建物では多くあるんだ……中がね」

「空間魔法で拡張してある場合がほとんどなのよー」


 ブランチがそう言うのを聞くとと、お互い顔を見合わせうなずくや、一行は中に入っていく。

 薄暗がりの中だが、辺りに動くものはなさそうだ。ショートが<ライト>の魔法を唱え、宙に浮かばせると、昼間のように見えるようになった。


「どうします?てか何が目的なんですか?」

「うーん、そうねー。実はあんまりそこらへんのことは聞かないで欲しいのよねー」


 グラスの問いにブランチが明るい調子で返すが、まあ良い顔色の返事ではないようだ。グラスもそうですか、と言ったきり押し黙ってしまったが、ショートが口を挟んだ。


「なんでもいい、古代メドリア時代の情報を収集するのが目的だ。あとは、路銀稼ぎだと思ってくれ」

「そうなんだ、それなら片っ端から開けてみていきますかね」

「そ、そうそう、そうなのよー」


 ブランチの明るい声が響いて、グラスはまっさきに一番手近なドアに取り掛かった。


「なにかわかるといいわねー」


 ブランチが小声でショートに言う。


「期待しすぎると、裏切られたときのショックが大きいですよ」


 ショートはどこかそっけなく答えた。

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