第13話・『美味い酒と最低な現実』
リグロと、
曇天──空は厚く覆われ、青黒い。
半乾きの汗がベッタリはりつく、不快な夕暮れ時。
宿・
参拝客は少なく、拝殿では老婆が祈りを捧げている。
その背で、菅原とリグロが竹刀を構え対峙していた。
そばには犀田が立っている。
「次こそは勝ってやる!」
菅原が息巻く。
温い風が吹き、
犀田が手を上げ、振り下ろす。
「始め!」
菅原が勢いよく斬りかかる。しかしリグロは寸前でかわし、素速く一打を返す。
「一本! リグロ!」
犀田が手を上げた。
「くっそおお〜! また負けた〜!」
菅原は地団駄を踏んだ。
リグロは困ったような表情を浮かべた。
「ん〜……戦ってみて分かったが、お前はそこらの隊士よりは強い。でも自分で良さを潰しているな」
「どういう事だよ?」
「お前、短気だろ」
「うっ……」
図星だったのか、菅原の顔が青く固まった。
「すぐカッとなって動きが単調になる。それに、負けん気のせいで、どこに攻めてくるかも読みやすいんだ」
犀田が笑って茶化す。
「お主の昔からの悪い癖じゃの!」
「笑うな!」
ムキになる菅原に、リグロが優しく言う。
「菅原、落ち着いて戦えばお前は強いよ。さすが、副隊長なだけはある」
「そっ、そうか……?」
菅原は満更でもない笑顔を見せた。
「よし、じゃあもう一本! 今度は落ち着いて戦ってみるぜ」
「え〜! まだやんの!? 六本めだぞ!」
「来い!」
「来い! じゃなくて、俺は怪我が治ったばかりなんですけど?」
「菅原の次は、わしとも勝負せえ!」
犀田も我慢できずに声を張る。
「あんたら聞いてた? 二人とも今日休みなんでしょ! 体を休めなって!」
境内にリグロの声が響き渡った。狛犬とお稲荷さんの石像も、どことなく笑っているように見えた。
◆
その夜。
居酒屋が立ち並び、遊郭が三軒もある繁華街。曇り空でもこの場は賑やかで、町民の笑い声が夜を照らしていた。
のれんが
「大将、また」
軽く手を上げ、戸を閉める。
活気ある通りの光に、吸い込まれるように蜘蛛屋は歩き出した。
頬は紅く、肌にはつい最近までなかった艶が戻っていた。
「この辺にむかし獅子原たちと行った、味噌田楽が美味い店があったな……」
そう呟く呼気には、さっき飲んだ焼酎の香りが混ざっている。
「行ってみるか」
大通りから路地へと何度か曲がった。
そのとき──
「負け続きの音選組なんか、もう泥船だろ!」
「逃げるが勝ちってもんだ!」
白銀の羽織り──
蜘蛛屋は立ち止まり、その横を通り過ぎようとする二人を睨みつける。
視線を感じた隊士の一人が「うわっ!」と声を上げよろついたが、そのまま走り去ろうとした。
「おい──聞き捨てらんねえな……」
右手の指先から鋭く尖った鉄糸が伸び、背後から二人を絡め取る。
「ぐわっ……!」
「がぁ……!」
一瞬で縛り上げた。
蜘蛛屋がゆっくりと歩み寄る。
「オレらをナメんじゃねえよ。音選組と廻韻組、最前線で響の治安を守っているのはどっちだ!」
鉄糸が締まり、苦痛の叫びが上がる。
「ぐわぁああ……!」
「イ……イタっい!……そ……それは、音選組です!」
鉄糸を緩め、爪に回収した。
「覚悟がねえなら武器なんか持つな! ボンボンがよっ!!」
片方の隊士は恐怖で失禁し、地面の色を濃くした。
二人は腰砕けになりながらも立ち上がり、「ひぃーっ」と叫びながら逃げ去った。彼らの腰では、情けなく刀が揺れていた。
蜘蛛屋が暗い路地の奥に進んだ。
(畜生が……!!)
夜目が効きはっきりと見えたのは──血を流し倒れ伏す音選組の隊士二名。
一人は腹を裂かれ内臓の一部が露出している。もう一人は顔が判別できないほど削がれていた。
残った一人の音選組隊士が、満身創痍ながらも
「……勝ち目がない……」
肩で息をする隊士。
剣士はニヤリと笑った。
「音選組なんざ大したことねえな……お前も他の奴らと同じように壊してやるよ」
刹那──闇から十本の鉄爪が稲妻のごとく突き出され、倒幕派の剣士の体に深々と突き刺さった。
「ぎゃあああ!!」
引き戻された鉄糸。十個に空いた穴から血を噴き上げ、剣士はその場で絶命する。
「ありがとうございます……たすか!?」
振り返った隊士は蜘蛛屋だと気づき、一瞬怯える。
「よく耐えたな」
蜘蛛屋の意外な優しい言葉に緊張が抜け、隊士はそのままその場に倒れこんだ。
蜘蛛屋は歯を食いしばり、路地の闇を纏うように目を伏せた。黒紫の炎が瞳に灯る。
「獅子原すまねえ……オレはもう、裏道しか歩けない人間なんだよ」
◆
音選組屯所・
十三番隊本部──
和室だが洋風の家具を詰め込んだ派手な一室。その空間には、男女が七名。
酒を飲む者、読者をする者、各々が好きな時間を過ごしている。
その中でも自称十三番隊隊長・
彼は大きなソファに座り、両脇に美女をはべらせながら中央を陣取っている。
ふと、襖の向こうから声がする。
「入って大丈夫か?」
「入れ」
龍ケ崎が許可を受け、襖が開く。
「よお。誰かと思ったら──久しぶりじゃねえか、蜘蛛屋」
龍ケ崎は不敵な笑みを浮かべた。
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