第14話・『ごまめと音選組隊士』
◆
和室に無理やり洋風家具を詰め込んだ、成金趣味の派手な部屋。
(こいつら、ふざけやがって……)
高さのある丸テーブル前に三人――
兄の
十三番隊副隊長の涼志野は、美青年らしい静けさで読書をしている。
ソファには四人。
端に腕をかけ、二人分の席を占領する巨漢――
彼は目の前の低いテーブルに置かれた料理と酒を、肉食獣のように胃に放り込んでいる。
そして中央を陣取り、両脇に美女を
羽織り越しにも分かる分厚い筋肉。そこにいるだけで空気を支配する男だ。
「何しに来た?」
蜘蛛屋は懐から百万
「どういうつもりだ……」
「龍ケ崎、あんたに潰してほしい男が居る」
龍ケ崎はニヤッと笑った。
「例の褐色の剣士か? 犀田まで倒したらしいな」
「知っているなら話が早い」
「で、誰がこれっぽっちで引き受けると言った? 十三番隊は何人いると思っている?」
(こいつ……!?)
怒鳴りかけた蜘蛛屋は、辛うじて暴言を飲みこんだ。
「五人だ」
「じゃあ、報酬は五倍だな」
蜘蛛屋はもう一つ百万万符を取り出し、置いた。
「持ってんじゃねえか。出し渋りやがってよ」
「今はこれしかない。残り三百万符は成功報酬だ」
龍ケ崎は金に手を伸ばしながら言った。
「乗った。ただし──もし残りを払わなかったら……てめえの命はねえぞ」
刺すような眼光に、蜘蛛屋の背筋が凍る。
「当然だ……だからヘマすんなよ、龍ケ崎」
次の瞬間──
龍ケ崎は立ち上がりもせずに、目の前のテーブルを拳でぶち抜いた。天板が真っ二つに割れ、酒と料理が宙に舞う。
美女たちは悲鳴を上げ、壊惨丸は落ちた料理を名残押しそうに拾い食いする。
「蜘蛛屋ぁ……てめえ、誰に物言ってんだ?」
「……悪かった」
「分かりゃいい」
(龍ケ崎……危ねえ野郎だ)
音選組は十二番隊まで。
十三番隊は龍ケ崎が勝手に作った隊だ。
この男は金さえ貰えれば
ゆえに十三番隊は音選組の腫れ物。ごまめ。獅子原局長・鷹尾副長の監視対象だ。
犀田が表の最強なら、龍ケ崎は裏の最強。
(正直関わりたくねえが……こいつは強い……)
「涼志野、武器を用意しろ」
涼志野は、爽やかな笑みを浮かべ本を閉じた。
「久しぶりの喧嘩ですね」
「ああ、暴れるぞ──行くぞ、てめえら!」
龍ケ崎の呼びかけに、涼志野、樫子兄弟、壊惨丸が立ち上がった。
◆八菜邸・廊下──
一刻前までの雲が消え、月明かりが廊下に伸びていた。
龍ケ崎を先頭に、十三番隊の五人が進む。
「褐色の剣士! この俺がぶっ壊してやる!」
その声が邸内を震わせた。
局長室の小窓から副長の
「悠。龍ケ崎が動き出した」
畳で正座をしていた局長の
「蜘蛛屋が動かしたかは分からんぞ、翔」
「今までの蜘蛛屋を見て、そう思えるか?」
「……龍ケ崎を止めてくる」
獅子原は立ち上がり、飾ってある刀の方に向かう。その背に鷹尾が声を飛ばした。
「止めておけ! お前が行くと
「だが、このままでは蜘蛛屋が!」
「ああなった龍ケ崎を無傷で止めるのは無理だ」
「腕の一本ニ本無くなろうが、おれが止めてやる!」
「駄目だ! 局長としての自覚を持て!」
獅子原は唇を噛み、俯いた。
「……蜘蛛屋のことは覚悟しておけ」
獅子原は膝から崩れ落ち、悲痛な声で叫んだ。
◆八菜邸・出入り口付近──
「龍ケ崎、そんな物騒なもん持ってどこ行くんじゃ」
「よお犀田。お前を負かした奴を食いに行くんだよ」
「そうか。それは結構」
「止めねえのか?」
「止めんぞ。じゃが五人で一人を叩くのはどうかと思っての」
犀田は壊惨丸を指さした。
「どうじゃ壊惨丸。久しぶりにわしと力比べせんか?」
「……行け」
龍ケ崎にそう言われ、壊惨丸が口の端をつり上げた。
◆
屋根の上から
「ねえねえ、そこの眼鏡くんたち〜」
「ボクたちと一緒に遊ばない?」
樫子学と樫子修がムッとする。
「静、寂。お前らも褐色の剣士の味方か?」
「もちろん!」
龍ケ崎は笑い、樫子兄弟に視線を送る。
「学、修、こいつらが二度と立てないように遊んでやれ」
「分かりました!」
「僕たちをナメると痛い目合いますよ!」
樫子兄弟が前に出る。
◆
橋の途中、欄干にもたれた菅原の姿。
涼志野の目が大きく開いた。
「あなたは……」
「どいつもこいつも……」
龍ケ崎が呟いた。
「涼志野、任せた」
「はい。すぐ追いつきます」
龍ケ崎が振り向かずに手を上げ去っていく。
涼志野の優しい目が急に据わった。
「やあ菅原くん──副隊長昇進おめでとう。元直属の上司として、僕がお仕置きしてあげるよ」
「やってみろよ」
菅原の片口角が上がった。
◆羅条通り沿い、宿『
上半身裸のリグロがベッドに腰掛け、
「すごい! ほとんど傷が塞がってるよ」
「本当に? よかっ──」
ドオォーン!!
言葉の途中で、ドアが爆裂した。
龍ケ崎が破片とともに突っ込んでくる。
「ごめん! 伏せてて!」
リグロは玲美を横に突き飛ばした。
「キャッ!」
玲美が転ぶ。
即座にベッドに立てかけてあった刀をつかみ、横に向けて防いだ。
「無駄だぁ!」
龍ケ崎に押しきられ、二人は窓ガラスを割って外へ転落。
「何者だ!」
鞘付きの刀を盾にするが、龍ケ崎がぐぅーっと首を伸ばしてくる。
リグロに覆いかぶさったまま、彼は名乗る。
「十三番隊隊長・龍ケ崎玄信。てめえを潰しに来た!」
リグロは
吹き飛ぶ龍ケ崎。互いに立ちあがり、両者は向き合う。
「やるなあ。犀田が倒されるわけだ」
「あ〜あ……ついてねえな!」
リグロは自分の不運を呪った。
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