第14話・『ごまめと音選組隊士』

八菜邸はつなてい離れ・十三番隊本部──


 和室に無理やり洋風家具を詰め込んだ、成金趣味の派手な部屋。


(こいつら、ふざけやがって……)


 蜘蛛屋くもやは龍ケ崎たちを一瞥いちべつし、腹の底で毒づいた。


 高さのある丸テーブル前に三人――樫子かしこ兄弟と、涼志野琴世すずしのきんせいが座っている。


 兄の樫子学かしこまなぶは紙に図面を走らせ、弟の樫子修かしこおさむ電脳機パソコンを操作している。


 十三番隊副隊長の涼志野は、美青年らしい静けさで読書をしている。


 ソファには四人。


 端に腕をかけ、二人分の席を占領する巨漢――壊惨丸かいざんまる


 彼は目の前の低いテーブルに置かれた料理と酒を、肉食獣のように胃に放り込んでいる。


 そして中央を陣取り、両脇に美女をはべらせているのが十三番隊隊長・龍ケ崎玄信りゅうがさきげんしん


 羽織り越しにも分かる分厚い筋肉。そこにいるだけで空気を支配する男だ。


「何しに来た?」


 蜘蛛屋は懐から百万を取り出し、龍ケ崎の前にドンと置いた。両脇の美女の目が輝く。


「どういうつもりだ……」


「龍ケ崎、あんたに潰してほしい男が居る」


 龍ケ崎はニヤッと笑った。


「例の褐色の剣士か? 犀田まで倒したらしいな」


「知っているなら話が早い」


「で、誰がこれっぽっちで引き受けると言った? 十三番隊は何人いると思っている?」


(こいつ……!?)


 怒鳴りかけた蜘蛛屋は、辛うじて暴言を飲みこんだ。


「五人だ」


「じゃあ、報酬は五倍だな」


 蜘蛛屋はもう一つ百万万符を取り出し、置いた。


「持ってんじゃねえか。出し渋りやがってよ」


「今はこれしかない。残り三百万符は成功報酬だ」


 龍ケ崎は金に手を伸ばしながら言った。


「乗った。ただし──もし残りを払わなかったら……てめえの命はねえぞ」


 刺すような眼光に、蜘蛛屋の背筋が凍る。


「当然だ……だからヘマすんなよ、龍ケ崎」


 次の瞬間──


 龍ケ崎は立ち上がりもせずに、目の前のテーブルを拳でぶち抜いた。天板が真っ二つに割れ、酒と料理が宙に舞う。


 美女たちは悲鳴を上げ、壊惨丸は落ちた料理を名残押しそうに拾い食いする。


「蜘蛛屋ぁ……てめえ、誰に物言ってんだ?」


「……悪かった」


「分かりゃいい」


(龍ケ崎……危ねえ野郎だ)


 音選組は十二番隊まで。

 十三番隊は龍ケ崎が勝手に作った隊だ。


 この男は金さえ貰えれば倒幕派アンチバビロンにも加担し、音選組隊士すら殺せる。


 ゆえに十三番隊は音選組の腫れ物。ごまめ。獅子原局長・鷹尾副長の監視対象だ。


 犀田が表の最強なら、龍ケ崎は裏の最強。


(正直関わりたくねえが……こいつは強い……)


「涼志野、武器を用意しろ」


 涼志野は、爽やかな笑みを浮かべ本を閉じた。


「久しぶりの喧嘩ですね」


「ああ、暴れるぞ──行くぞ、てめえら!」


 龍ケ崎の呼びかけに、涼志野、樫子兄弟、壊惨丸が立ち上がった。


◆八菜邸・廊下──


 一刻前までの雲が消え、月明かりが廊下に伸びていた。


 龍ケ崎を先頭に、十三番隊の五人が進む。


「褐色の剣士! この俺がぶっ壊してやる!」


 その声が邸内を震わせた。


 局長室の小窓から副長の鷹尾翔一郎たかおしょういちろうがその姿を確認する。


「悠。龍ケ崎が動き出した」


 畳で正座をしていた局長の獅子原悠誠ししはらゆうせいが顔を上げる。


「蜘蛛屋が動かしたかは分からんぞ、翔」


「今までの蜘蛛屋を見て、そう思えるか?」


「……龍ケ崎を止めてくる」


 獅子原は立ち上がり、飾ってある刀の方に向かう。その背に鷹尾が声を飛ばした。


「止めておけ! お前が行くと盤台藩ばんだいはんからの心象も悪くなる!」


「だが、このままでは蜘蛛屋が!」


「ああなった龍ケ崎を無傷で止めるのは無理だ」


「腕の一本ニ本無くなろうが、おれが止めてやる!」


「駄目だ! 局長としての自覚を持て!」


 獅子原は唇を噛み、俯いた。


「……蜘蛛屋のことは覚悟しておけ」


 獅子原は膝から崩れ落ち、悲痛な声で叫んだ。


◆八菜邸・出入り口付近──


「龍ケ崎、そんな物騒なもん持ってどこ行くんじゃ」


 犀田さいだが龍ケ崎一行を呼び止めた。


「よお犀田。お前を負かした奴を食いに行くんだよ」


「そうか。それは結構」


「止めねえのか?」


「止めんぞ。じゃが五人で一人を叩くのはどうかと思っての」


 犀田は壊惨丸を指さした。


「どうじゃ壊惨丸。久しぶりにわしと力比べせんか?」


「……行け」


 龍ケ崎にそう言われ、壊惨丸が口の端をつり上げた。


蘇条通そじょうどおり──


 屋根の上から音無静おとなしせい音無寂おとなしじゃくが飛び降り、龍ケ崎一行の前に着地した。


「ねえねえ、そこの眼鏡くんたち〜」

「ボクたちと一緒に遊ばない?」


 樫子学と樫子修がムッとする。


「静、寂。お前らも褐色の剣士の味方か?」


「もちろん!」


 龍ケ崎は笑い、樫子兄弟に視線を送る。


「学、修、こいつらが二度と立てないように遊んでやれ」


「分かりました!」

「僕たちをナメると痛い目合いますよ!」


 樫子兄弟が前に出る。


未条大橋みじょうおおはし──


 橋の途中、欄干にもたれた菅原の姿。

 

 涼志野の目が大きく開いた。


「あなたは……」 


「どいつもこいつも……」


 龍ケ崎が呟いた。


「涼志野、任せた」


「はい。すぐ追いつきます」


 龍ケ崎が振り向かずに手を上げ去っていく。


 涼志野の優しい目が急に据わった。


「やあ菅原くん──副隊長昇進おめでとう。元直属の上司として、僕がお仕置きしてあげるよ」


「やってみろよ」


 菅原の片口角が上がった。


◆羅条通り沿い、宿『夢羊ゆめひつじ』十八号室──


 上半身裸のリグロがベッドに腰掛け、玲美れみが傷を覗きこむ。


「すごい! ほとんど傷が塞がってるよ」


「本当に? よかっ──」


 ドオォーン!!


 言葉の途中で、ドアが爆裂した。

 龍ケ崎が破片とともに突っ込んでくる。


「ごめん! 伏せてて!」


 リグロは玲美を横に突き飛ばした。 


「キャッ!」


 玲美が転ぶ。


 即座にベッドに立てかけてあった刀をつかみ、横に向けて防いだ。


「無駄だぁ!」


 龍ケ崎に押しきられ、二人は窓ガラスを割って外へ転落。


「何者だ!」


 鞘付きの刀を盾にするが、龍ケ崎がぐぅーっと首を伸ばしてくる。

 リグロに覆いかぶさったまま、彼は名乗る。


「十三番隊隊長・龍ケ崎玄信。てめえを潰しに来た!」


 リグロは迫戦風ディワリで身体能力を強化し、龍ケ崎を蹴り上げた。


 吹き飛ぶ龍ケ崎。互いに立ちあがり、両者は向き合う。


「やるなあ。犀田が倒されるわけだ」


「あ〜あ……ついてねえな!」


 リグロは自分の不運を呪った。

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