第23話 壊れそうな夢

 あの後急いでマンションに帰ってから、あの時の三浦さんの言葉や行動……視線。

 それが頭に焼き付いて、胸がざわつく。


 どうしよう。

 あんな事されて、何もなかったかのようにまた参加できない。


 やめるしかない……。

 他にもそういうサークルはある。

 ネットでもできる。


 私がサークルのリーダーに連絡をしようとしたその時、スマホにメッセージがきた。


『さっきはごめん。前見せてくれた小説、返しそびれたままだったから返したい』


 あ……忘れてた。

 でも……。


『捨てて下さい』


 と送った。


 そしたら三浦さんから電話がかかってきた。


 出ようか迷ったけど──

 私はでた。


「もしもし……」

『ごめん。怖がらせて本当にごめん。』


 真剣な声だった。


「もういいです。捨てて下さい。私、もうサークルやめます。」

『……あんな事して自分勝手だけど、神谷さんにやめてほしくない』


 そんな事言われても……。


「私はあなたに会うのが怖いです」

『そうだよね……あんな事するんじゃなかった。でも、神谷さんを知りたくなってしまったんだ』


 なんでなんだろう。


「もう私達、会わない方がいいです。お互いのために」


 私はその後電話を切った。

 いい場所を見つけられたと思ったのに、こんな事になるなんて。


 その時、インターホンが鳴った。

 橘さんが写っている。

 気まずい……。

 私は恐る恐る鍵を開けた。


「お疲れ様です……」

「終わったなら終わったって言えよ」


 苛立っている橘さんの表情。


「すみません……色々あって」

「色々……?」


 橘さんの顔が険しくなっていく。


「何があった」


 ──もう言ってしまおう。


「実は……」


 私は橘さんに本当の事を話した。


「……そういう事が起きると、なんとなく思ってた」

「え、なんでですか?」

「あの小説は引き込まれる。官能的シーンも、まるで本当に自分が体感しているかのような錯覚に見舞われる。次を読みたいと思う。でも書いてるのはごく普通の女性会社員。」


 橘さんの指が私の唇に触れた。


「知りたくなるだろ。何が隠されているか。」


 そのまま指が唇の中に入ってきた。

 びっくりして突き放した。


「何するんですか!?」


 橘さんは鋭い目つきで私を見る。


「油断するな」


 そのまま部屋を出て行ってしまった。

 取り残された私は、これからどうすればいいかわからなくなってしまった。


 ◇ ◇ ◇


 私はそれから小説を書かなくなった。

 小説も読まなくなった。

 仕事をして帰って、好きなドラマを見て1日を終える。

 そんな毎日だった。


 たまに同期と飲みに行ったり、カラオケに行ったり。


 橘さんは仕事が忙しくなったせいか、ほとんど会わない日々が続いた。

 連絡もとってない。


 同期と飲みに行った帰り、一人でフラフラ歩いてたら──


 駅前に橘さんが見えた。

 知らない女の人と仲良さそうに歩いていた。


 ──もう何もかもどうでもよくなってきた。


 帰る気にもなれず、カフェにいて、終電になる前に帰ろうと思った。


 好きって言ってしまったけど、今頃それを後悔した。

 言わなきゃよかった。


 橘さんと会えないのが辛い。

 苦しい。

 あの人は誰なの?

 嫉妬で頭に嫌な感情が湧く。


 もうあのマンションからも出たい。

 元の生活に戻りたい。


「神谷さん……?」


 顔を上げたら、制服を着た三浦さんがいた。


「どうしたの?」


 三浦さんの無垢な表情に怒りが込み上げてきた。


「あなたが余計な事したせいで、何も書く気が起きなくなりました」

「……ごめん」


 私はカフェから出ようとした。


「待って!」


 その時、三浦さんは私が間違えて渡した小説を出した。


「いつか返せる日があればと思って」


 私は渡されたその紙を、その場で引き裂いた。

 ビリビリにして、ゴミ箱に捨てた。


「神谷さんなんて事するんだよ!」

「こんなものなければ……私はもっとちゃんとしたものが書けた。変な事に巻き込まれなかった」


 涙が出てきた。

 その時、三浦さんがスクールバッグから何かを取り出した。


「これ、俺が書いたやつ。よければ読んで感想が欲しい」

「は……?」


 なんでこのタイミング?


「俺文学部なんだけど、これ持ってきて、部員に見せようとしたけどできなくて……。もっと俺を知って欲しい」


 三浦さんはそれを私に押し付けて、走って行ってしまった。

 訳がわからない。

 こんな突然押し付けられた小説、捨てていけばいい。

 だけど私はそれができなかった。

 私はそれをバッグに入れて持って帰った。


 そしてマンションに帰った時、橘さんがマンションの前に立っていた。


「話したい事がある」


 私はまるで、今にも壊れそうな桟橋に立ってるような気分だった。

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