第22話 知りたい

夢を見ていた。


私がまだ高校生くらいの時だ。


私はバスケ部のマネージャーをやっていた。


その時、男子バスケ部の先輩に恋をしていた。


でも、思いを伝える勇気なんてなくて、部活の時に必要最低限の会話をしただけだった。


その先輩が卒業する時、私に制服のボタンをくれた。


それが何を意味しているのか私にはわかった。


あの時、勇気を出して言葉にしていたら何か変わったかもしれない。


その先輩がいなくなった寂しさを埋めるように、小説を読んでいた。


特に、翠川雅人という小説家のストーリーは心に響いた。


翠川雅人の新刊を本屋に行った日の事だった。


本を手に取って、レジにすぐに行こうとした時、年上の男性に声をかけられた。


「その作家の本どう思う……?」


いきなり話しかけられてびっくりした。


なぜそんな事を知らない人に突然聞かれるかわからなかったけど


「私の一推しの作家さんです」


って言ったら、その人は少し笑顔になって


「ありがとう」


と言って去って行った。


その人の顔はぼんやりしか覚えてなかったけど、今ならわかる。


──私は目を覚ました。


朝の光が窓から降り注ぐ。


ベッドの隣では橘さんがスヤスヤ寝ている。


無防備な寝顔だ。


起き上がってコーヒーを飲んだ。


好きな人と同じ朝を迎える幸せに浸っていた。


スマホで色々ニュースを見ていると


「おはよ」


橘さんがいつの間にか背後にいて抱きしめられた。


「おはようございます」


何故か照れてしまう。


橘さんにもコーヒーを淹れて渡した。


寝癖がついたまま寝ぼけ眼の橘さん。


「あ、あの、私思い出しました」


「何を?」


「橘さんが昔本屋で会った女の子の話で、橘さんはその子を私だって言ってたけどハッキリ覚えてなかったんです。でも今日夢でその日の事を思い出しました」


「うん、よかった。覚えてて」


「突然大人の男の人に話しかけられてびっくりしましたけどね」


「イケメンだからいいだろ」


「自分でイケメンって言うんですね……」


翠川雅人が、まさかあの男の人で、夜にバーで再会して、取引先の人で、こういう風な関係になるなんて、思ってもいなかった。


橘さんに膝枕をしながら、色々コンテストの事を調べていた。


「美鈴、サークルまだ続けるの?」


「はい、そうしたいです」


「三浦と仲良くしたいんだな」


「違います!!」


昨日ちゃんと気持ちを言ったのに…!


「相手は高校生ですし」


「年齢なんて関係ない」


大人気なく嫉妬している橘さんは可愛いけど、私はもっと色んな人と関わって、色んな世界を知りたい。


「それより、どんなコンテストに応募すればいいでしょう……」


「……よく考えたけど、出版社主催のものはハードルが高いから、ネットとかで手軽に参加できるものからやってみろ」


確かに、投稿サイトのコンテストの方が、応募しやすい。


受賞できるかは別だけど……


「はい、とりあえず、できそうなやつからやってみます!」


目標ができて気合が入った。


その後、橘さんは書斎に行って執筆作業をしていた。


そっとまたゆっくり近づいて、何を書いてるか見ようとしたけど、


「見るな!!」


って追い出されてしまった。


実は今日はサークルの日だった。


また黙って行くとトラブルになると思ったから一応伝える事にした。


「翠川雅人先生、私今日サークルの日なので行ってきます!」


ドア越しに言った。


「……また三浦と会うのか」


「三浦さんだけじゃないですよ」


ドアが開いた。


「余計にまた不安になってきた」


深く深くキスをされて、座り込んだ私をそのままにしてまた部屋に戻ってしまった。


気持ちを言ったらもう書けなくなるんじゃないかって不安になってたけど……


逆にちゃんと言葉にできてスッキリした。


橘さんに後ろ髪を引かれるように、サークルに行った。


◇ ◇ ◇


会場の前に、また前と同じメンバーが集まっていた。


「こんにちは〜」


中に入ると、三浦さんもいた。


「あ!神谷さん!また持ってきてくれた??」


「え、何をですか?」


「作品に決まってるでしょ」


「えっと……ちゃんとしたストーリーのはまだなくて」


「あれはちゃんとしてたよ?」


私達が色々話してると、他の人達も聴きにきてしまい……


「神谷さんどんなの書くの?」


……言えない


「神谷さんの作品は、複雑な心理描写の中に…」


「三浦さんそこまでにしてください!」


気をつけないと言ってしまうこの人!


その後は、テーマを決めて皆でストーリーを作る話になった。


「今回のテーマは『思い出』にしようか」


リーダーの人が言った。


思い出……


うーんと悩んでノートに書いていると、三浦さんが覗き込んできた。


「なんか浮かんできた?」


「いえ……まだ全然。三浦さんは?」


「俺はね、少し思いついた」


「気になります!」


「次までに書くから、それまで待ってて」


書く前からネタバレするわけないか。


私も考えよう。


その後サークル活動が終わって、片付けを手伝ってた時、うっかり指を切ってしまった。


「神谷さん大丈夫??」


「ちょっと切っただけなので大丈夫ですよ」


割と深かったのか血が出てきてしまった。


三浦さんが絆創膏を持ってきて指に巻いてくれていた。


その時、他の人達は帰ってしまって、二人きりになってしまった。


「三浦さんありがとうございます。そろそろ帰りましょうか」


「……ねえ、翠川先生が神谷さんとの事を『大人の関係』って昨日言ってたけど……恋人って事?」


まさかそこを聞かれるとは思わなかった。


「いや……冗談で言ってるだけですよ!よくそうやって揶揄われるんで」


とりあえずこれで乗り切ろう。


「ずっと気になってたけど……襟から何か、痕が見えるんだけど」


最悪だ……


「これは……あまり気にしないでください……不快だったらすみません」


「あの小説さ、翠川先生が関係したりする?」


橘さんが余計な事言ったから、三浦さんにバレてしまう……


どうしよう!


「翠川先生はあんな作品書くタイプじゃないですし、関係ないですよ」


三浦さんに暴かれていくのが怖くて部屋を出ようとしたら、手を掴まれた。


「あの小説に書いたようにされるのが、神谷さん好きなの?」


何言ってるのこの人……


「あれは私の単なる妄想です……」


その時、三浦さんが手を伸ばしてきて、私の耳に触れた。


かっと体が熱くなってしまった。


「……本当なんだね」


恥ずかしくて顔を見られなかった。


こんな年下の男の子がこんな事してくるとは思わなかった。


「揶揄わないでください!」


手を振り払った。


「揶揄ってないよ。知りたいんだよ」


三浦さんの瞳は真剣だった。


「もっともっと知りたい。神谷さんのこと」


三浦さんの瞳は…興味なのかわからないけど、いつもと違う雰囲気だった。


私は思わず部屋を飛び出した。


心臓がドキドキしていた。


怖いのかわからないけど……


あの人は小説だけじゃなく、私自身の事を知りたいのだと、感じた。


次会う時、何を言われるのか不安になった。


あの熱い不思議な眼差しで──

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