第17話 パーティー
その後、橘さんの海外転勤の話は一度白紙になった。
安心して胸を撫で下ろした。
でも、いつそうなってもおかしくない状況だとは言われて、この時間の大切さを身に沁みて感じた。
「私、橘さんがここにいるうちに、頑張ります……」
「俺と離れる覚悟があるんだな、美鈴は」
そういうわけじゃないんだけど……。
「俺の事好きなくせに」
「それ言わないで下さい……」
私は耐えてるんだ。
ここ最近、橘さんに言われて、小説が原作の映画を見させられている。
橘さんの部屋で。
ジャンルは色々。
ホラーもあるから……
「無理です!私ホラーは本当に無理なんです!一人でお風呂入れないです!一人で眠れないです!」
「じゃあここにいればいいだろ」
「それは遠慮しときます……」
映画を見て、インスピレーションを得て、書ける時は短いストーリーを書いた。
そして、ある日──
「明日出版社のパーティーあるから、夜いない」
「え!?私も行きたいです!!」
「お前は部外者だろ……」
わかってる……わかってる。でも!
「色んな作家さんと話せるなんて橘さん羨ましいです!」
「俺だけじゃダメなのか?」
「そういう訳ではないんですけど……」
翠川雅人以外の作品も私は見てる訳で、できるなら色んな人から話を聞きたい。
「とにかく無理なんだから、大人しくここで待ってろ」
テーブルの上に鍵が置かれた。
「これは……?」
「ここの部屋のスペアキー」
「こんなの無防備過ぎますよ……」
「信頼の証」
う、嬉しい。
でも一人で入るつもりはない。
パーティーを少しでも見たい。
「美鈴」
「はい」
橘さんの唇が触れた。
「そんな事より、もっといい事しよう」
そんな事より!?
「家族を守る為に犯罪をしてしまった男。それを捕まえないといけない女刑事。男の動機を知って、同情した挙句、恋をして、一緒に逃避行をする……」
突然始まった謎の設定語り。
「もう明日には二人とも捕まるかもしれない。そしたらもう二度と会えないかもしれない。二人の最後の夜」
「また書かせようとしてますか……?」
「書くかは美鈴次第。」
そんな事を言いつつ、指でなぞってくる。
ああやっぱり頭の中で勝手に物語が作られていく…。
「一緒に死ぬ?」
「それは悲しいですね…。でも、二人が結ばれるのって、もうその世界しかないと思ってしまいます」
「ロミオとジュリエットみたいな感じ?」
「ストーリーは全然違いますが、現世では幸せにはなれないですよね」
そう考えると切ない。
「じゃあ、逃避行の結末は地獄でハッピーエンド?」
「天国か地獄はわかりません。それは…それぞれの考えに委ねる感じでしょうか」
「いいね。そういうのも」
橘さんの髪が肌にかかる。
呼吸が浅くなっていく。
「また書いてほしい。美鈴の切なくも苦しい大人の物語」
そういうストーリーを書きたくないのに、何故かスラスラ頭に思い浮かぶのは、私が目覚めてしまったからなのだろうか。
「橘さん……」
言いそうになってしまう想いを堪えながら、また結んでしまう。
罪人の男と堕ちていく刑事の女は葛藤しながらも、このストーリーを書いてしまうんだろう──
◇ ◇ ◇
出版社のパーティー当日の夜──
待ってる間、家であの設定のストーリーを書けと言われたけど……
気になって気になって、パーティー会場のホテルの前に私はいた。
橘さんにバレないように少し変装して……。
じーっとホテルの近くを見てると、作家さんらしき人がどんどん入ってきてる。
凄い…凄い世界だ…!!
橘さんが羨ましい……
私もあの世界の仲間になりたい!
でも私はあそこには入れないから、仕方なくホテルの近くのカフェにいた。
ここに来る途中に寄った本屋で買った本を読んでいた。
中には入れないけど私もいつか……
野望を胸に。
その時、体が誰かとぶつかった。
見たら、高校生くらいの男の子だった。
「すみません!」
男の子は頭を下げて、急いでカフェを出て行った。
「お客様!」
店員さんが男の子を呼んでいたけど、男の子は急いでいたからか気が付かないままだった。
「どうしたんですか?」
店員さんは紙袋を持って困っていた。
「お客様が紙袋を席に忘れてしまいまして…」
その中を店員さんと見たら、小説が何冊か入っていた。
全部同じ小説だった。
作家名を見たら──
『三浦淳一』
この作家さん、高校生で有名な賞を受賞した人だ……
まさか!!
「すみません!私あの人が行った先わかります!」
私はその忘れ物を手に、パーティー会場のホテルに行った。
フロントで事情を説明すると、フロントスタッフが預かるとの事で、それで終わった。
できれば話したい……!!
でも仕方ないから帰ろうとした時──
「さっきのカフェにいた人ですよね?」
振り返ったらさっきの男の子が立っていた。
「そうです!店員さんが忘れ物してたと言ってたので、ここじゃないかと思って……」
「なんでここだとわかったんですか?」
「その小説の作家さんを知ってたのと、ここでパーティーがある事を知ってまして……」
「関係者の知り合い……?」
「えーと、まあそんな感じです」
この人が三浦淳一さんなのかなやっぱり……
「……あの!私三浦淳一さんの作品好きです!私も小説家目指してます!応援してます!」
私はそれだけ言って、ホテルを出て、急いで家に帰った。
あんな若い子も小説家として頑張ってるんだ。
エロスだろうが、私も書いていくしかない……!
私は橘さんが出した設定で、ひたすら物語を書いていた。
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