第16話 本当の気持ち

「先輩今日飲みに行きませんか〜??」


仕事終わりに後輩に誘われた。


「今日沢山参加するみたいなんで、先輩も来た方がいいですよ絶対!」


目が輝いている。


「うーん。ちょっと用事があって……」


気晴らしに行こうかと思ったけど、仕事に小説執筆の練習で結構疲れていたから家でゆっくりしたい。


「先輩もしかして、長島商事の橘さんと付き合ってたりします?」


「え!?」


ヤバい……どうしよう、見つかってしまった??


「なんか、お二人が話してる時、距離が近く感じるんですよね〜。微妙に」


感が鋭い……怖い……


「え、普通に取引先のマネージャーさんだよ、橘さんは……」


表情に出てないか不安だ!


「そうなんですかー。私の勘って割と当たるんですよね〜」


そのまま他の社員と一緒に行ってしまった。


怖すぎる……


これからは仕事では意識して適切な距離でお互い接さないと……。


その後すぐにマンションに帰った。


マンションの前に着くと、マンションのエントランスから一人の女性がでてきた。


あ、翠川雅人の担当の人だ!


しっかり目があってしまった。


「こんにちは……」


どう接すればいいかわからない…。


「あ……この前先生と歩いてた方ですよね?先生の彼女ですか?」


彼女!?


いや……彼女ではない……


「私は…取引先の会社の人間です……」


「そうですか……。最近先生がなかなか執筆が進まない状態で、とても困ってるんです」


「どんな様子なんですか……?」


またスランプ?


「何か別の事を考えているというか……。」


え!?


「すみません急いでるのでこれで失礼致します。突然申し訳ありませんでした。」


担当の方は足早に行ってしまった。


私は気になって、橘さんの部屋に行った。


インターホンを押して暫くしたら、橘さんが出てきた。


「どうした?」


「担当の方が悩んでましたよ」


「……入ってくれる?」


橘さんの部屋のリビングに行った。


橘さんは深刻そうな表情をしている。


「会社から、異動の話がでている」


「え?どこにですか……?」


「アメリカだ」


その瞬間、頭が真っ白になった。


「え……異動したら何年くらいそこにいるんですか?」


「それは会社次第だよ。早ければすぐ帰れるし、ずっといる人もいるし」


そんな……


「サラリーマンか小説家か、一本にしないといけない時がきたな」


「橘さんはなぜ、二つ仕事をしてるんですか?」


「小説家は夢だったし、叶ったからよかったけど、それでずっと食べていける保証がないだろ」


とても現実的な意見だった。


小説家になったら終わりじゃないんだ。


始まりなんだ……


橘さんの生きる道


私は奥さんでも恋人でもない。


取引先の人で、憧れの小説家で……


「行かないでって言ったら断るよ。その代わり、ちゃんと彼女になってね」


橘さんの怪しげな笑み。


私を試してる!?


「橘さんの将来なので……離れるのは心苦しいですが、私はどこにいても応援してます」


本当は行ってほしくないのに、言えない。


恋人になったら今の関係が崩れる。


中途半端で良くないのはわかってる。


でも、私は今の距離がいいんだ。


「寂しくないの?」


寂しくないわけがない。


「素直になれない理由。なんとなくわかってきたよ」


「え?」


「小説家になりたいから、恋愛に夢中になりたくないんだろ?」


「なんでわかるんですか!?」


「恋は盲目だからな……」


そう……恋愛と夢の境界が曖昧になっていくのが怖い。


「俺と付き合ったら、書けなくなりそう?」


橘さんが距離を縮めてきた。


「えーと、そうならないとわからない部分もあるんですけど……」


壁まで追い詰められた。


「美鈴が彼女になったら、束縛して自由を奪うな俺」


「それは困ります!」


やっぱり無理だ!


「じゃあアメリカ行こうかな……。今はネットでやり取りできるし。小説書けなくなるわけじゃないし。」


そうだ……別に海外でもできる。


どこでも書ける。


だから、家族や恋人とかしがらみがなければ、そんなに困ることではない。


「でも俺は見届けたい。この目で。美鈴の夢を」


「え?」


「だから、断るよ。降格するかもしれないけど」


「そんな!私のせいで降格するとかダメです!」


「降格しても、今は一人暮らしだし、そんなに支障はない」


「でも……」


「俺がそうしたいんだから、もう言うな」


「……はい」


橘さんの香水の香りが私を優しく包んだ。


「次も楽しみにしてる」


「はい。頑張ります」


橘さん、


好きとか愛してるとか、そういうことは言えないけど、


あなた以外の男性には興味はないです。


心はあなたしか見てないです。


心の中で私は呟いた。

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