第15話 戸惑い

翠川雅人のアドバイスや指導や要望に合わせ、官能小説を書く日々……


ただ書くだけではなく、私自身に植え付けられていく感覚。


勝手に紡いでいってしまうストーリー。


橘さんは、毎日のように


「書いた!?」


と、待ちきれなくて連絡してくる。


部屋に押しかけてくる。


そして新しい設定を作って、私の意欲を動かそうとする。


「手に取るようにわかる……美鈴の心と体が響く場所が。そして、俺がまた新しく植えるんだ。」


私をコントロールして書かせて楽しむ橘さんを見て、これでいいのかと募った不安が……


爆発した。


「私もう書きません!!私はあなたの為に書いてるんじゃないんです!!」


「落ち着け。やり過ぎたのはわかった。でも本当にお前の書くこの世界は美しい。俺は好きだ」


「自分で書いてください!!」


私は橘さんと距離を置こうと、部屋のインターホンが押されても、スマホに連絡がきても無視をした。


橘さんは私の純粋な世界を汚した。


自分の欲望で。


もうあんな小説書かない!!


私は自分の好きな世界観で書くんだ!


会社から帰った後、パソコンに向かった。


頭をまっさらにした。


私の好きだった世界……


純粋でプラトニックな純愛……


そうだ、学生を主人公にしよう!!


青春ラブストーリー!


私はパソコンでざっと考えたのを打ち始めた。


でも──


何もストーリーが思いつかない……


「なんで……?」


この前までスラスラ書いてたのに。


先生の好きなストーリーだけど……。


なんであれはスラスラ書けるのに、これは書けないの……?


──橘さんのせいだ……


あの人にあんなストーリーを沢山書かされたせいで、私は変わってしまったんだ。


ショックだ。


あんな要望聞かなければよかった!


私は居ても立っても居られなくて、橘さんの部屋に行った。


インターホンを押したら、橘さんが出てきた。


「美鈴!よかった……やっと、やっと会えた」


橘さんが私に触れようとした。


その時、私はその手を払いのけた。


「あなたのせいです!」


「は?」


「あなたのせいで書けなくなってしまいました!自分の世界を!」


ぐっと手を握りしめた。


「何も思い浮かばないんです!つい前まであんなに書けてたのに!」


橘さんは冷静に私を見ていた。


「私は変わってしまいました!」


「お前は変わったんじゃない。目覚めたんだ」


「は……?」


目覚めた……?


「意味がわかりません……」


「その世界が、お前とリンクしたんだよ」


「それも橘さんが仕向けたんじゃないですか……」


「確かに最初読めとは言った。でもそれも含めて物語だから、そこに他意はなかった」


でも──


「お前はその世界に魅入られてしまったんだよ」


そんな……


「恥じる事じゃない。むしろ、書けた事を誇って欲しい。」


橘さんの瞳は真剣だった。


「誰にでもできる事じゃない」


そう言われると、複雑だ。


「創作は自由だ。この先、色々な経験を積めば、また違うものを書けるようになるかもしれない。」


橘さんの言うことは、作家をしてるただけあって普通の人が言う事とは重みが違う。


でも私にはまだわからない。


「そもそも恋愛でなくてもいい。ミステリーやホラー。ジャンルはいくらでもある」


そうだ……


私は、縛られ過ぎたのかもしれない


プラトニックな恋愛、翠川雅人の世界に……。


「人間が出てこない物語もある。もっともっと知るんだ。」


「……わかりました」


橘さんの言葉でやっと気持ちが落ち着いてきた。


橘さんは私をぎゅっと抱きしめた。


「美鈴の物語は綺麗だよ。」


「ありがとうございます……」


橘さんの温もりが心地よかった。


「酷い事沢山言ってしまって申し訳ありませんでした」


「いや、不安にさせてごめん。書いてる時辛かった?」


──それは


「辛くはなかったです……。」


「よかった。やめることは簡単にできる。やめたくないから辛いんだよな」


そうなんだ。


嫌ならすぐにやめればいい。


やめたくない。


書きたいんだ。


「……そうだ。お詫びに見せる。」


「何をですか?」


橘さんは書斎に行った。


そして私の前に、紙を持ってきた。


「読んでみろ」


そこに書いてあったのは………


翠川雅人の描く官能の世界だった。


短く部分的に書いてあった。


私は読んでるうちに震えてきた。


「これはダメです…翠川雅人がこの作品を出しては…」


想像以上にエグかった。


「わかったか。」


「橘さんの性癖はなんとなくわかりました…」


自分の創作に自信はないけど、橘さんだけは認めてくれている。


それが官能小説でも。


今はそれだけでいいんだ。


と思う事にした……。

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