第14話 試練

仕事の休憩時間。


橘さん……翠川雅人の言う指導なのか、欲望なのかよくわからないストーリーを考えていた。


スマホのメモにとりあえず適当に書いてみる。


一番楽しみにしてる読者は橘さんだ。


「先輩何してるんですか??」


会社の近くのカフェにいた私の近くに後輩がいた。


ヤバい!見られたかな……


「深刻そうな表情して、心配になってしまいました」


「大丈夫だよ、仕事の事じゃないし!心配してくれてありがとう!」


「何かあったらいつでも相談してくださいね!」


後輩は去って行った。


こんなの書いてるとか誰にも知られたくない!


もし小説家になるなら、胸を張って堂々としたい!


とりあえず今は練習だと思ってやろう。


私は仕事から帰るとまた、ストーリーをパソコンに打っていた。


──そして


また橘さんの部屋へ。


インターホンを押すと、すぐに橘さんが出てきた。


「持ってきました……」


持っていた封筒を奪われた。


そして、そのまま橘さんは読み始めた。


「……こんな展開になるのか」


そのままリビングの方に行ってしまった。


私は橘さんの方について行った。


ソファに座ってじっくり見ている。


恥ずかしい…!!


「切なさの中にあるエロス……。でも最後はちゃんと結ばれるのか」


だって、離れ離れなんて、私は悲しい。


「こっちに来い」


橘さんの隣に座らされた。


「ちゃんと美鈴らしさがあるよ。それと合わせて俺の心を揺さぶるのかもしれない」


「褒めて頂いて……嬉しいです。ただなんか複雑です」


「自分の理想と現実は違う。俺はプラトニックと遠い人間だけどプラトニックな恋愛を書く。美鈴はプラトニックが好きだけど、エロスを書く」


そんなものなの?それは橘さん独自の理論?


「ちゃんと、前指導した部分が表現されてて……もっと教えたくなる」


橘さんはソファに私を倒してきた。


「教えるって……またそっちですか?」


「あ、そうだ、次はこうしよう」


橘さんは寝室に行った。


「こっちに来て」


どんな設定になるの?今度は……


寝室に行ったら、何故か橘さんは仰向けに寝ている。


「何してるんですか……?」


「余命三ヶ月、全身は事故の影響でうまく動かない……」


「主人公は看護師だ。ずっと優しく寄り添うけど、男に恋していく」


橘さんと目線が合った。


「俺の上に跨って」


跨る??


よくわからないまま私は跨った。


「最後の願い……君が欲しい」


え……


「でも、動けないんですよね……?」


「美鈴が主人公ならどうする?」


私なら……


「男は動けないから、女が動くしかないだろ」


「それは……橘さんの好きなシチュなのでは?」


「とりあえずしてみろ」


私が書くのに……


私は愛する余命三ヶ月の患者を、自分の中に深く閉じ込めた。


私は彼と初めて一つになった日を頭に描いるうちに……何故か勝手に体が動いた。


まるでキャラが憑依したように。


彼を慈しみ、全てを記憶する。


「いい……凄く。表情も」


これは作家としての指導なのか、橘さんという男の願望なのかわからないけど、頭の中で物語を紡いでいた。


◇ ◇ ◇


その日は大きな会議だった。


色んな部署の社員が集まり、そこに橘さんと同じ会社の人達も出席していた。


長い会議で、出席していた私は終わった後、デスクで放心状態だった。


「先輩!!橘さんが呼んでますよ!!ご指名ですよ!!」


後輩が意気揚々と来た。


一体なんなの……?


橘さんが待ってる小会議室に行った。


「お疲れ様です。」


橘さんが急いで駆け寄ってきた。


「書いた!?」


切羽詰まっている表情だ。


「えーと……まだざっくりと書いたレベルです」


「見せて」


「え!パソコンに保存してあるんです!」


「待てない……」


そんな事言われても!!


本当は秘密にしていたかったけど……


スマホに保存してあったやつを見せた。


「……感動した」


「え!?」


「繊細な表現……心の動き……情景……」


橘さんは私の手を握った。


「お前の書くエロス、俺は好きだ」


とても複雑な心境だった。


「よし、ちょっとまたあのフロアに行こう」


「え……あのフロアって…」


「わかるだろ?」


嫌な予感しかしない!!


「二人が長時間行方不明になってたら怪しまれます!」


「そんなに時間はかからない」


そのまま引きずられるように、前入った別の階の部屋に連れて行かれた。


「なんなんですか……」


「今度は上司と部下だ。上司は異動で海外に行く。だから暫く会えない。」


橘さんがネクタイを緩めた。


「待ってください!本当にするのは良くないです!」


ボタンが外されていって、胸元に橘さんの唇が触れる。


「だってもう頭の中で物語は紡がれてるだろ?」


確かに……情景がうっすら浮かび上がる。


主人公の寂しさが私の心を覆う。


「主人公の気持ちを言って?」


「離れたくないです……」


「……俺も」


橘さんは上司に自分を重ねている。


私も主人公になって考えている。


不思議な状況。


上司と部下は、お互い求めるがままに溶け合った。


「橘さん……公私混同です」


「お前が俺を夢中にさせるんだよ」


「自分で私にそう仕向けたんですよね……?」


「……そうだとしても、美鈴は書いている。物語は生まれる。俺は読みたい」


これでいいの……?


私の気持ちがだんだんと揺れ始めた。

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