第8話 仕事と夢と

これから橘さん…大好きな小説作家の翠川さんに、小説を書くのを指導してもらえる喜びに浸ってたのも束の間…


「すみません…もう帰りたいんですが…」


「帰さない」


私達は攻防を繰り広げていた。


「弟子は師匠の言う事を聞くんだよ」


「弟子はいらないって言ったじゃないですか!」


「じゃあ弟子になっていいよ」


「それが目的ならいいです!」


どちらも引かない。


「俺はプライベートはずっと一緒にいたい」


「でもそれだと小説の勉強進まないです!」


仕事と夢で両方頭下げてやっていかないといけないなんて…


住んでるところも同じ。


逃げ場がない!


しかも、こんな理由をつけて迫ってくる…


「橘さん私の事好きなんですか?彼女とかいないんですか?」


「いたら嫉妬する?」


「浮気相手にされたくないんです!」


「たとえ彼女がいたとしても…ずっと、心に残ってた人にまた出会えたんだから、浮気相手にするわけないだろ…」


橘さんの真剣な表情。


私にとってはあまり覚えてない記憶でも、橘さんの中では大切な思い出で、私は特別の人なのか…


私にとって翠川雅人も大好きな作家さんで、特別。


「あの…翠川雅人って純愛小説がほとんどですよね…?これは純愛なんですか?プラトニックではないですよね?」


「純愛だよ俺にとっては。人間なんだからプラトニックに生きてくのは不可能だ。」


「プラトニックで売ってるじゃないですか!」


「本音を俺が小説に書けるわけないだろ!」


そんな言い合いをしながら、距離はゼロになっていく。


「あのプラトニックな恋愛はただの商業用に作った幻なんですか…?」


気がついたら橘さんに包囲されていた。


「創作は自由だ。現実とは違う」


顔が近づいてくる。


「でもプラトニックな恋愛が好きなのに、神谷さんは俺にハマっている」


俺にハマってる!?


いや、小説作家としての翠川雅人にはハマってるけど!


「プラトニックがいいんですけど・・・。あんな再会の仕方だったじゃないですか・・・」


「そうだね。でもあの時あそこで出会ったから、今俺たちはここにいるんだよ」


いつの間にか重なり合う手と手。


こんな出会いもまた一つのドラマなのだと、


納得させられた。


◇ ◇ ◇


次の日、また会議で橘さんが来て、私はまた議事録を作りながらチラチラ様子を見ていた。


仕事中は冷静で落ち着いていて、あの片鱗は全く見えない。


仕事をしながら小説も書いて、忙しい人だな…。


書いてるところが見たい…


よし、今度見せてもらおう!


私が会議室から出たら、橘さんに引っ張られた。


「今日は部屋に来ないで」


「え?行きませんよ?」


今度はそのまま別室に押しやられて、首に痕をつけられた。


「何するんですか!」


「なんかムカついたから・・・」


こんなのデスクに戻れない!


ハンカチで首を抑えながら、デスクに戻って絆創膏で何とか誤魔化した。


◇ ◇ ◇


仕事が終わってマンションに向かっていた。


なんで今日は部屋に行っちゃいけないんだろう。


きっと集中したいんだ!


邪魔はしてはいけない。


今日はちゃんと本を読んでレビューを書かねば。


マンションのエントランスに近づいたら、誰かが立っていた。


橘さんと知らない女の人が立っていた。


その後二人はエレベーターに乗って最上階まで行った。


あの女の人は誰だろう…。


少し複雑な気持ちになった。

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