第7話 衝撃
その日、私はファンの小説家『翠川雅人』のサイン会の為に新幹線で地方に向かっていた。
昨日、橘さんは今日は用事があっていないと言っていた。
ナイスなタイミングだった。
いたら付いてきそうな気がしたからだ。
翠川雅人がサイン会をするなんて滅多にない。
前は仕事で行けなかった…。
でも何故東京じゃなくて地方なんだろう。
私は目的の駅に着いて、足早に会場に行った。
新作の小説を持って。
本屋の前にすごい行列ができていた。
さすが翠川さん…!
女性読者が多い!
だんだんと列が進んでいって…
とうとう私の番。
翠川さん…!
やっと会えた!
「ずっと前からファンでした!これからも応援してます!」
私は新刊を出してサインをしてもらおうとした。
翠川さんがサインをした後、私の顔を見た時
「え…橘さん…?」
帽子を被って眼鏡をしてるけど…
橘さんだ。
え、どういうこと?
橘さんも驚いた顔をした後黙って目を逸らした。
そのまま放心状態でいたら、店員に進むように言われた。
初めて橘さんに会ったあの夜、似てるとは思ってた。
でもそれは確実ではなかったし、翠川雅人はあまり顔を出さないからはっきりわからなかった。
でも今確信に変わった。
橘さんが翠川さんだったなんて!
衝撃的すぎて、その後、本屋の近くのカフェでサイン会が終わるのを待っていた。
ちゃんと確かめたい。
話したい。
私は一時間以上待ち続けた。
そっとまた本屋を覗いたら──
いない。
え?どこ?
私は周辺を探し回った。
暫くそのショッピングモールを歩き回って、もう無理だと諦めかけていたその時──
「…神谷さん」
この声は!
振り返ったら、橘さんがいた。
「どういう事なんですか!?」
私は思わず橘さんを揺さぶってしまった。
「ごめん…隠してて」
何か事情があるかもしれない。
私は気持ちを落ち着かせた。
「取り乱しました。申し訳ありません」
私達はその後新幹線に別々の席で帰った。
何となくファンに見られたら困ると思って…。
目的の駅に着いて、新幹線を降りて、電車を乗り換えてマンションの最寄り駅に着いた。
それから二人で家に向かって歩いた。
「あのさ」
橘さんがやっと話し始めた。
「バーで会った日に俺が言った事覚えてる?」
初めて会った日…
私は一生懸命思い出した。
「私が誰かに似てるって言ってましたね」
「そう。その誰かってさ…あの時、神谷さんだって思ったんだよね」
「え…?」
「ちゃんとした確信はなかったんだけど」
私は橘さんに会ったのはあの時が初めてなはず…
「俺が結構前に書くのやめようとした時にさ…、神谷さんそっくりな子が俺の本を本屋で持ってて。思わず声をかけた。その作家の本どう思うかって」
私は記憶を辿ってみた。
確か…本屋で声をかけられた事はあった。
ただ、相手の人の顔を覚えてない。
なんて言ったかも。
「何て言ってましたか?その時」
「"私の一推しの作家さんです"って」
私そんな事言ってたんだ…
でも記憶がないから自信がない。
ただ
「それは本当です。私の一推しの作家さんなんです。ずっと作品を読んでて、どれも凄く好きなんです。私の憧れの恋愛があそこには詰まってるんです」
「やっぱり神谷さんだったんだな」
橘さんは立ち止まった。
「ありがとう。今さらなんだけど、あの時、君がいてくれたから俺は頑張れたんだよ」
神谷さんの瞳は真っ直ぐだった。
とても純粋な。
「よかったです!私も翠川さんが小説書き続けてくれて嬉しいです!」
その後、二人で並んでマンションに帰った。
マンションに着いて、7階で降りようとした時
引き寄せられて、閉めるボタンを押されてしまった。
「え??」
「見てほしい。この前隠した場所」
それってあの部屋…?
「はい!見たいです!」
橘さんの部屋に着いて、あの部屋に入った。
散らばってた原稿は片付けられてて、整理されていた。
翠川さんはここで書いてたんだと思うと、胸が躍った。
本棚には翠川雅人の本がずらり。
他にも
「あ!私この作家さんの本も読んだ事あります!」
他の作家さんの本も沢山あった。
国内問わず海外の本も沢山。
「凄い…私も読みたいです」
「小説家目指してるんだよね?」
「…はい、私なりに書いてます。」
あの時全部見てもらったんだった。
「あれ本気?」
橘さんは真剣な顔だった。
「はい!本気です!」
「じゃあ…ここにある本、全部読んで、レビューみたいなの書ける?」
ここにある本全部…?
──でも、こんな機会を偶然でも手に入れる事ができて、何もしないなんてありえない!
「わかりました。やります!」
「わかった。俺、小説については、妥協しないでいくから。」
怖いけど、憧れの翠川さんからのご指導…!
ありがたく頂戴しないと!
「はい!宜しくお願いします!」
ドカンと渡された10冊の本。
「さっき厳しめに言ったけど、仕事の合間に無理なくでいいから。…ただ、できなかったらそれまで」
本当に厳しい。
だけど、頑張りたい。
「はい!やります!」
「じゃあ期待しないで待ってる」
やった…やったー!
嬉しい!
まさか橘さんが翠川さんで、私に指導してくれるなんて!
「師匠!宜しくお願いします!」
「俺は弟子はいらない」
橘さんの秘密を知って、私たちの関係は大きく変わった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます