第2話 愛の幻影

 ──ずっと着信が鳴っている

 私はスマホの電源を切った。


 一緒にいたいと言われたものの…

 どうすればいいかわからなくて、ただ二人でソファに座ったままだった。


 その時、私の手をその人がそっと握ってくれた。


「もう全部忘れた方がいい。その男の事は」

「そうですね…。不毛な関係なんで早く終わらせたいです。ただ、色々思い出すと、なかなか踏み切れないかもしれません。最悪彼が家に来るかもしれないので…」

「じゃあ、もうその家も出なよ」

「え?」


 彼は真剣な表情だった。


「でもそんな簡単には…」

「俺が全部何とかする。安心して」


 何でこの人はこんなに優しくしてくれるんだろう。

 これは本当なの?嘘なの?

 よくわからないけど、今は嘘でもその安心の中にいたかった。


 肩を抱き寄せられて、胸がドキッと高鳴った。


「忘れさせてあげる」


 ど…どうしようこの展開。

 初めて会った人と、そんな事を?

 酔いが覚めてきて、躊躇してしまう。


 ふと気がついたら、唇が重なった。

 彼が私の手に指を絡ませてきた。


「余計な事考えないで」


 そっと首筋を唇でなぞられて、まともに思考が働かなくなった。

 本当にこのままこの人と…?


 ──でも


 これでいい。

 この優しさに今夜だけは甘えよう。


 ベッドの上できつく抱きしめあって、彼の香水の香りが私を包んだ。

 床に二人の服が一枚一枚落とされていく。

 少しずつ解かれていく心と体が、何故かこの人を強く求めている。


 この人は何者なんだろう。

 私の心にあった色々な複雑な感情は、この瞬間消え去って、愛の幻影みたいなものが見えた。


 ──


 その後二人でベッドに横たわっていた。


「嫌じゃなかった…?」


 薄暗い部屋の中、彼の優しい顔が少し見える。

 心が落ち着いて、改めて見ると…

 とても私には分不相応な人で、恥ずかしくて布団に潜ってしまった。


「ごめんなさい!!」


 申し訳なくなってしまった。


「何で謝るの?」

「私の為にこんな事をさせてしまって…」


 既婚者だったらどうしよう…!


「何言ってるんだよ…」


 彼に後ろから抱きしめられた。


「俺がそうしたかったんだよ」


 少し安心した。


「ありがとうございます…」


 彼は私の髪を優しく撫でてくれた。

 そのまま私達は眠りについた。


 ──


 窓の外が明るくなって、目が覚めた。

 起きたらそこに誰もいなかった。

 まるで夢だったかのような…。


 ふとテーブルを見たら、メモが置いてあった。

 メモには電話番号が書いてあった。


 これはあの人の…

 連絡するのは気が引けるけど、ただの一夜限りの関係ではなくて、私を気にかけてくれてるのかな…と、少し安心している自分がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る